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ミステリ・テニス・ハムスター・モルモットについてあれこれと……
by slycat
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コンバット・ゾーンの娘:大人の都合

コンバット・ゾーンの娘
リンダ・バーンズ/羽田詩津子 訳 ハヤカワ・ミステリ文庫
〜カーロッタ・カーライル・シリーズ〜

赤毛のレディ・ガムシューにしてパートタイムのタクシー・ドライバー、カーロッタ・カーライルの第2作。本書から版元が早川書房に変わった。

今回は、2つの事件が同時に舞い込んでくる。事件と事件に関連はない。共通点は、舞台がコンバット・ゾーンであるということ。ボストンの売春街である。
 1つ目の事件の依頼者は、カーロッタに想いを寄せる元ボス、ムーニー。本書で初めて彼のファーストネームが「ジョゼフ」であり、階級が警部補だということが判明する。仕事帰りにバーで一杯やっていたらベトナム人の男に絡まれ、なりゆきで殴ったところ、相手は重傷を負って入院、ムーニーは停職処分となった。正当防衛だと証明するには現場にいた売春婦の証言が必要だが行方がわからない。脚に蛇の入れ墨をしたその女を捜して欲しいという依頼だった。 コンバット・ゾーンの娘:大人の都合_f0061021_2261432.jpg



 カーロッタは学生の頃、学費を稼ぐためタクシーを運転していた。前作で再びドライバーに復帰しており、探偵業で食えない分を補っている。タクシー・ドライバーの強みは、車を転がしていても風景に溶け込むことができ、人探しや張り込みをしていても気づかれないことだ。しかし今回は、目撃者を捜すためコンバット・ゾーンを流している最中に、依頼者を拾ってしまうことになる。2人目の依頼者は16歳の男の子ジェリー、しかも高級住宅地に住む上流階級の子供で、コンバット・ゾーンとは無縁の存在だ。こちらは、姿を消した近所の少女ヴァレリーを捜していた。

かたや元ボスにして大切な友人、かたや大人っぽく振る舞おうとはしているが幼さの残る孤独な少年。どちらの依頼も無下には断れず、昼間は一流私立校での聞き込み、夜は怪しい街角で売春婦捜し、と正反対の世界を行ったり来たりすることになる。そしてどちらの事件にも闇の気配があり、カーロッタは車をぶつけられて道路から弾き飛ばされたり、死体を発見する羽目になったりするが、いったん請け負った仕事からは決して逃げない。タクシー会社の経営者にして配車係、学生の頃から彼女を見守っている親友のグローリアが「あんたの困った点はね、カーロッタ、絶対にあきらめないことだよ」と嘆息するとおり、危険が迫れば迫るほど意地になる。これがカーロッタの魅力だ。

そして本シリーズで忘れてならないのはブルースの使い方。前作で別れた恋人サムを思いながらギターを奏でるときの曲はWillie BrownのFuture Bluesである。
  おれには未来がわからない、ああ、過去も語れない
  Can't tell my future
  And I can't tell my past
  I can't tell my past
 また、失踪していた少女ヴァレリーをついに見つけ出したシーンでは、曲の力を借りて自分が少女の味方であることを理解させる。
“「音楽をかけてもかまわない?」その声は北極の空気のようにひややかだった。
「どうぞ」わたしはいった。「ラジカセにテープが入っているわ」
……それは酒浸りの男を愛した、悲しくやるせない歌だった。しかもブロックはそれを思い入れたっぷりに、優雅に、すばらしいギターの伴奏をつけて歌いあげていた。……ちらりと横の少女を盗み見た。涙が頰を伝わり濡れた筋をひき、黒のマスカラをにじませている。”
 ここで流れるブルースは、Rory BlockのLovin' Whiskeyである(小説では歌詞は紹介されていない。私の訳はかなり怪しい)。コンバット・ゾーンの娘:大人の都合_f0061021_2264851.jpg
  あんたは酒に溺れてる。酒が仲間なのよね
  でも、誰を失おうとしているか忘れないで
  そして私を手放すのを誇りに思って
  That if you drown yourself in liquor
  Because it keeps you company
  Then just remember who you're losing
  And be proud to set me free
  ……
  あんな男は放っておけと賢い人は言う
  でもあなたには絶対にわからない
  あなたがウイスキーに憑かれた男を愛さないかぎり
  ウイスキーに憑かれた男を…
  But wisdom says to let him go
  Then it's hell, because you just don't know
  Until you've tried to love a man who's lovin' whiskey
  Lovin' whiskey
 この曲を聴きながら目をつぶり、おんぼろタクシーの助手席でうつむいている少女を想像すると、ボストンの夜の空気まで感じ取ることができる。ブルースと小説のコラボレーション効果、とでもいおうか。

小説の発表当時はまだ目新しかったchild abuseがテーマとなっており、暗い世相が反映されているにもかかわらず、重い印象を残さず爽やかですらあるのは、カーロッタの強さのおかげである。強がりとは違う、現実を見据えた強さである。
 辛い思いをしてきた14歳の少女に対して、自分では少女が必要としている助力を与えられないことを承知した上で言う。
“「ずいぶん野暮ったい言葉を使うけど許してね。あなたは自分がどういう人間かわかる? ヒーローなのよ」
「ヒロイン」彼女はいった。
「ううん」わたしはいった。「それだとなんだか安っぽくなっちゃうわ」……
「まぬけなヒーローにはなりたくないわ」
「わかるわ」わたしはいった。「でも、自分じゃ選べないときもあるのよ」”

本書でもやっぱり報われないムーニーが哀れを誘う。40近くになって母親と同居しているようでは、いくらいい男でもタフな女の恋人にはなれないね。カーロッタにもまた、大人の都合というものがあるのである。
by slycat | 2006-03-16 02:31 | ミステリ
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