ミステリ・テニス・ハムスター・モルモットについてあれこれと……
by slycat
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カテゴリ:旅行( 11 )

At last......無事帰国

ドタバタしているうちに終わった出張日程。空いた1日は上司がご褒美にフィッシャーマンズワーフに連れて行ってくれた。もう一度行きたかったのでラッキー。

f0061021_17412886.jpgまたまたでっかいパンケーキが4枚。メープルシロップ2瓶にホイップバター、ソーセージ(ハムまたはベーコンから選べる)切ったイチゴと牛乳つきで16ドル

午前中少し仕事をして昼過ぎにホテルのロビーで待ち合わせ。タクシーでPier 39へ向かう。朝、ルームサービスで頼んだパンケーキがまだ胃にもたれていたが、カニを食べずには日本に帰れないもんね。いかにも観光客向けの『Crab House』とか何とか言うレストランに3人で入る。地ビールとカニ、パスタ、サラダを頼んだ。カニの写真は撮り損なったが、茹でたカニをさらにガーリックソースで味付けしてあったようだ。食べているのは日本人なので、みな口々に「北海道のカニが美味しいよねぇ」などと言う。パスタは結構美味しかった。サラダは×。ドレッシングが甘くて耐えられない。ビールはアメリカに来て飲んだ中では一番よかった。

f0061021_17414325.jpg肝腎のカニの写真を撮れなかった。サービスのパン

食後はお上りさん気分で店など見て回る。ここにはSea Lionがたくさんいて、集団で寝ているのを観光客が喜んで写真に撮る。もちろん私も撮る。だってこんな風景、今まで見たことないでしょう。会社の人たちへの土産物をまた少々買う。まだケーブルカー未体験の同僚が乗りたいというので、じゃぁ行こう!と停車場へ。私が独りで行ったときとは別の停車場だが、同じストリートミュージシャンが同じようにギターを弾きつつ歌っていた。今回は窓のある車両のほうに乗ったが、同僚は外の一番後ろにへばりつき、身体を乗り出していた。私はハラハラしたが、彼女は全然平気で「面白かった!」と言っていた。

f0061021_17421992.jpg果物がいっぱい売られているPier 39
f0061021_17415537.jpgトドの群れ。何だかブーブー言っているし、ちょっと臭う
f0061021_1742727.jpg
f0061021_17423036.jpg2度目のケーブルカー

再度ミーティングをして解散した後、我が家のおっさんに頼まれていたDVDを買いにBest Buyという家電量販店に行くが、目当てのものはなかった。しかも帰りは知らない場所に取り残されて途方に暮れた。店の前に何人かタクシーを待つ人がいたけれど、全然来ない。家電を買ったらしい若い男性が苛々しながら待っていたが待てど暮らせど来ないので、「あんたもタクシー待ってるの? 俺はもう行くよ、Good luck!」か何か言って去って行った。向こうの人はよく他人に話しかけてくる。東京じゃあんまり考えられないが。怖いけど仕方がないのでワンブロック歩いて大通りに出ると、タクシーを拾いホテルまで乗せてもらう。運転手さんはたぶんパキスタンあたりの人だったと思うが、親切だったのでよかった。

その後再びタクシーに乗り(ホテルではドアマンがいるので安心なのだ)、今度は『Tommy's Toy』という有名レストランへ向かう。ここが今夜夕食を食べる店である。荒川静香(店のオーナーが胸を張って教えてくれた。写真も飾られている)やクリント・イーストウッドも来店したという人気の店で、中華料理だがちょっとフレンチ風だ。
 全員集まったところで前菜を食べ、今度のメインは全員同じ北京ダック。写真を撮らなかったのが残念だが、香港のとは全然違う。美味しいけれど物凄い厚切りで、本来北京ダックを食べるときに包むはずの薄い皮は、ふっくらとしたマントウのようだった。ボリュームがあるのはいいが、すぐ飽きてしまった。アメリカで食べたものの中ではマシな部類に入るけれど、やっぱり香港で本場の中華料理を食べてしまった口には合わない。有名店だからといって日本人にとって美味しいかどうかは別の話だ。荒川静香さんに料理の感想を訊いてみたいものだ。

食事の時間は楽しく過ぎて行ったが、帰ったら今度は荷物をまとめなければならない。それにすぐ近くに『Rasputin Music』というフリーキーな店があることがわかったので、おっさんに頼まれたDVDを買う最後のチャンスを逃さず、翌朝開店と同時に行こうと決めていた。それで飛行機に乗り損なったらおっさんに弁償してもらおう。

パッキングしている間に目が冴えてしまい、なかなか眠れなかった。午前2時半頃には朝刊が届き、それから1時間くらいしたら、今度はホテルの料金明細が投げ込まれた。何の気なしに明細書を見てみると、なぜか「PARKING」という項目がある。Parking? 駐車料金? 何じゃそりゃ。最初は先に買物を済ませていったんホテルに戻り、チェックアウトをしようと考えていたが、これだと時間がかかりそうだ。

朝8時に起きて身支度を整え、10時前にフロントへ。さっそくなぞの項目について聞くと、やはり間違いだった。当たり前だ、東京からどうやって自動車でサンフランシスコに来るというの。第一私は免許証すら持っていないんだから。いろいろ言いたいことはあったが、「I don't have a car.」だけで通じてしまった。5分くらいで金額を訂正した明細書を発行してもらい、チェックアウトは終了。

ちょっと買い足したいものがあったのでファーマシーに寄り、10時20分頃にはラスプーチン・ミュージックの前へ。ほかにも開店を待つ人が何人かいる。どういう店なのかはさっぱりわからないが新品・中古のDVDを扱う風変わりな店、という情報だけはあった。
 しかし、多少予想はしていたのだが、開店の10時半になっても店が開かない。まったく、怠け者のアメリカ人めと舌打ちしながら待つ。15分くらい経過してようやく開き、店に飛び込んだが、おっさんが欲しいDVDがどこにあるんだかわからない。店員に訊くとやる気なさそうに、これは3階、こっちは2階の4番目の棚、などと言うが、3階は閉まっておりどうにもならない(何なんだ、アイツは)。とにかく空港に行かなければならないので目についたものだけ買い、ホテルに預けた荷物を出してもらって、タクシーに乗り込む。ドアマンに空港まで、と言ったら、イエローキャブのようなタクシーではなく、数日前に乗った個人タクシーのような黒塗りの車が来た。ちょっとイタリアンなおじさんが運転手。英語が巻き舌だった。でもいい人だったので怖くなかった。しかも高速を使ったので20分で空港に到着。早く着いたのでまたチップをはずんでしまったが、運転手さんも喜んで握手を求めてきた。まぁいいや。

チェックインをしようとしたら、荷物が重量オーバー。土産のチョコレートが2.5 kgもあったのだ。これを機内持ち込み手荷物のほうへ移し、何とかなった。オーバーをそのままにすると50ドルの追加料金を取られるそうだ。旅慣れていないので全然知らなかった。
 座席は行きと同じくプレミアムエコノミーで席番号も決まっていたはずだったが、なぜか席がなくなっており、おかげでビジネスクラスの席になった。これは嬉しい。何か前世でよいことをしたのかな、なんて思う。

少し時間ができたので空港のSOMAショップで土産など買い、フードコートの日本食店『Ebisu』に行く。寿司がウリだが、うどんやラーメンもある。なんだか変な感じだが、とりあえずDragon RollとTuna Nigiriを頼んでビールを1本頼む。う〜ん、美味しいものでは決してない。シャリがまずいし酢に深みがない。Dragon Rollに巻かれていたのはソフトシェルクラブを素揚げしたもので、柔らかいので普通に噛み切れた。アメリカの寿司なんてこんなものだ、ということだけはわかった。
f0061021_17424223.jpgだしのきいたうどん、などと書かれている
f0061021_17425364.jpgドラゴンロールとマグロの握り。エビスビールがあるのに気づかずドライビールを頼んでしまったのは不覚

そろそろ手続きをしようと上に上がると、手荷物検査の係は長蛇の列。あぁしまった、と思ったが間に合わないことはなさそうなので列に並ぶ。非常に時間がかかるうえ、履いている靴まで脱がなければならないのは面倒だ。ホント、アメリカなんか大嫌い。

ビジネスクラスだと専用のラウンジに入れたのだが、残念ながら搭乗時間になってしまった。しかし優先搭乗できるのはいい気分。座席のつくりも違うし、もちろん食事も、スチュワーデスらの客あしらいも全然違う。機内食はビジネスと言えども美味しいとは思わなかったが、アルコール類は非常に贅沢で、シャンパンなどきちんとしたものだった。

機内では見逃した映画『インビクタス/負けざる者たち』(面白かった)と『シャッタードアイランド』(つまらなかった)を観て、それでも時間が余るのでパックマンなどゲームをやっているうちに眠くなり、少し仮眠をとる。かなり疲れたが、とにかく飛行機は落ちずに成田に着いた。
 途中まで迎えに来てもらい重い荷物を持ってもらった。地元の蕎麦屋でうどんを食べて帰宅。狭くて汚い我が家だが、やっぱりここが落ち着く。しみじみ、自分の国が一番と思った海外出張だった。
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by slycat | 2010-06-06 17:58 | 旅行

6日目でようやく

サンフランシスコは食べ物が美味しいと聞いていたが,食べる時間がないのでは確かめるすべがない。忙しいので昼食をとる時間はなく,夜も店が開いている時間に仕事が終わらない。昨日も24時間営業のKinko'sでひと晩中プリントしたりコピーをとったりしていたため,食べ損なってしまった。なかなか終わらないプリントを待つ間にちょっと外に出かけると,有難やセブンイレブンがあったので中に入り,煙草とカップの辛ラーメン,ミントガムをゲット。日本にいるときにはカップ麺は食べないのだが,お湯だけでそれなりに満足できるのだからホントに素晴らしい。天下の大発明だ。朝の4時半に食べる辛ラーメンは格別であった。

海外に行くと梅干しや海苔,白いご飯が恋しくなると言う。昔香港に行ったときはたった3~4日の滞在にもかかわらず白いご飯が食べたくてたまらなかったが,今回は全くそういう欲求を感じない。若い頃と比べるとだいぶ食生活が変わり,必ずしも毎日米を食べなくなったし,代謝が悪くなって太るからという理由で,なるべく夜に炭水化物を摂らないようにするのが習慣化しているので,思っていたほどの飢餓感はない。

だけど,同じ炭水化物でも麺類は無性に食べたいときがある。ここに来ても,立ち食い蕎麦の店があればなぁ,なんてことを思うし,ラーメンが恋しい。先日行ったタイ料理屋の麺は,やたらと細くて日本のとは全然違った。帰ったらまずラーメン屋かつけ麺屋に行こうと固く心に誓う。

大体,アメリカの食べ物には甘いものが多い。時間がないからスターバックスで何か買おうか,と思ってもマフィンやパウンドケーキなど甘いものばかり置いてあり,見ただけでげんなりする。これは軽食というよりお菓子だよなぁと思う。バルセロナの同僚は全然平気らしいが,そうでなければ日本を出て海外で暮らすなんてことはできないのかもしれない。だけど私はしょっぱいものが欲しい。

今日まで時間がなかったので買い物もろくろくしていなかったが,やっと外に出るチャンスがあったので近くのショッピングセンターに入っていたH & Mで安いジャケットを買った。お馴染み,日本上陸済みのファストファッション店だが,行列がいやで一度も訪れたことがなかったのに,出張に来て異国の店舗で買うとは不思議なものだ。単純に,洋服を見ていても誰も寄って来ず(つまり誰とも英語で話さなくてもOK),安心して試着したりできるので都合がよかっただけなのだけど。
 その隣のファーマシーでサプリメントや化粧品なども買った。時差ボケに効くというのでずっとメラトニンを買いたかったのだが,買い物をする時間がなくてようやく入手できた。サンフランシスコにもあと2日しかいないのに。まぁ最後くらいはぐっすり眠りたいしね。

f0061021_16495151.jpgファーマシーで買ったサプリメント類
Co-Q10は結構高い

甘い辛いは別として,そもそも食事らしい食事はほとんどしていないのだが,今日は渡米6日目にしてようやくきちんとしたレストランに行くことができた。その名もEureka,ホントに待ち望んだ,という感じ。会社の同僚(とは言うものの初対面の人ばかり)と上司と,総勢8人での食事である。

カリフォルニアスタイルなのか,メニューに載っているアルコール飲料はすべて甘いものばかり。Ginger martiniというのがあったので少しはマシかと思ってオーダーしてみたら,ライムウォッカとジンジャーリキュールとグレナディンシロップのカクテル?で,甘いの何の。後にお代わりは要らないかと聞きにきたときには,classic martini, pleaseとか言ってみたら,ちゃんと普通のドライマティーニが出てきた。最初から普通のマティーニと言えばよかった。

前菜はみんなでシェアということで複数の皿を回しながら食べ,メインディッシュを自分で選ぶことになった。Creol bouillabaisseに決定。やっぱり魚系が食べたいんだな,これが。それにスープ状になっているから,ナイフとフォークがどうの,マナーがどうの,と心配することもない。意外とさっぱりしていて,日本人向きかも。説明されても正体がよくわからなかったがコロッケ状のものが2つ付いてくる(それにも酸味のあるソースが付いている)。

f0061021_16483318.jpgカリフォルニアスタイルなのでさっぱりとしたスープ風。カニ、エビ、白身魚や貝が入っている

バルセロナオフィスにいる日本人の同僚が,連日の徹夜でめげたらしく先に帰ってしまったため,帰りは1人になってしまった。タクシーに乗るのも怖いのだが,スペイン人のみんなが口ぐちに,サンフランシスコは安全だ,大丈夫,ホテルに帰るくらい何でもないよ,と言うので,頑張って1人で帰った(全員宿泊先が違うのである。それにほかのみんなはこの後遊びに行くらしい)。
 比較的若い白人の運転手さんで,話しかけてみたら答えてくれたので,ホテルまでず~っと話しながら行った。文法なんて目茶苦茶だったと思うが,東京に比べるとサンフランシスコは大きい街ですね,とか,英語は難しい,中学生からずっと勉強しているのに話せない,などと言い訳しながら行くと,あっという間にホテルに着いてしまう。日本では『24』や『LOST』を見てますよ~アメリカのドラマ大好きですよ~なんてことを言ったらなぜかとてもウケた。何か変なことを言ったか?

安心してタクシーに乗れたのがうれしかったので,チップをかなり奮発してしまった。結果的に相場の3倍くらいの額になってしまったことに反省の余地はあるが初単独タクシー乗車の記念ということで,自分を許したい。
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by slycat | 2010-06-03 18:56 | 旅行

ナイトツアー

当たり前だが,仕事で来ているので忙しい。30日は午後まで死んだように寝ていたが,夕方からは打ち合わせが入っていたのでだるい身体にムチ打って出かけた。朝も昼も,食欲が全然湧かない。これが時差ボケというものか。

f0061021_1638347.jpg初日と違い空は雲っている。サンフランシスコにいる間、昼は晴れても朝はこんな空が多かった
f0061021_16381523.jpg

まず16時過ぎにバルセロナの同僚が到着。ホテルにあるスターバックスでコーヒーを飲みながら話す。その後上司が到着。クライアントと打ち合わせ開始。いろいろと揉めている案件なので気が重い。しかもなかなか話が終わらない。この日はバルセロナチームの一員に誕生日を迎える人がいて夜はみんなで食事をする予定だったのだが,結局23時近くまでミーティングが長引いてしまい,とても食事どころではなくなった。上司は疲れていたので自分のホテルに帰った。

しかしこの日は何も食べていなかったし,ルームサービスも終了していたので,同僚と2人なら怖くない。ホテルの前の道を渡るくらいならできそうだ。そこで向かいにある『BAR & BISTRO』に入った。アメフトやバスケなどのスポーツ番組を見ながらお酒や食事を楽しむ店らしい。ここでバルサミコ酢ドレッシングのグリーンサラダ(なぜか苺入り)とクラブケーキ(カニコロッケのようなもの)を2人で分けて食べた。夜中なのでこれくらいがちょうどよい。いずれにせよ24時には食べ物のオーダーはできなくなる。

翌31日も忙しかった。まず午前中にサンフランシスコにいるメンバーとバルセロナのメンバーとで電話会議。その後,会議の結果に合わせて書類の作成・修正。勝手がわからないところでプリントしたりするのは大変だ。またもや昼食を食べ損なった。
 午後16時頃,再び打ち合わせ。そこでもいろいろ意見がまとまらず紛糾する。やっと18時過ぎに終わると,上司たちは自分のホテルに帰れるけれど,私と同僚はまたまた書類の修正・プリント。合間に東京にメールを打つ。

f0061021_16383993.jpg昼間はこんな感じで快晴
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しかし,いやいやながら仕事を片づける中で,フロントの人にとても親切にしてもらったり(プリントに手間取っていたら,好きに使ってよいと自由にさせてくれた),コンシェルジェには23時過ぎでも営業していて,しかも安全だというタイ料理の店を教えてもらったりと,人との触れ合いがあったおかげで元気が出てきた。マーケットストリートにあるアップル社のビルの角を曲がったところにある店で,久々に東洋っぽいものを口にしてホッとした。ちなみにトムヤムクンと何かスパイシーなチキンを頼んだが,それほど辛いものではなくアメリカンナイズされていると思った。

f0061021_16382723.jpgタイ料理店『バンコク』で食べた料理。ここではアルコール飲料は頼めない

夜中に,われわれが開催する会議の招待状をポスティングするため,タクシーを拾おうと思い,ホテルの東洋系のお兄さんに訊いてみたら,知り合いで「town car」をやっている男がいるから呼んでやる,タクシーで7ヵ所も回っていたら,凄まじい料金になるよ,この男に頼めば結局割安だよ,と熱心に勧める。じゃあお願いしますと言い,ついでにチップを5ドルばかり渡したら,バナナリパブリックやブルーミングデール,メイシーなど,次から次へと割引クーポンを持ってきてくれた。それからサンフランシスコの地図やガイドブックも渡された。車が到着するまで,あれこれと世話を焼いてくれて,あまりの仕事熱心ぶりに驚くばかりだった。

1人だったら絶対にできなかったが,2人だったので,夜中に知らない街でちょっと怪しげな車に乗り,市内のホテルを次々訪れてはフロントに手紙を置いていくというヘンテコな「業務」も,それなりに面白かった。アルカトラズに行った日はあれほど晴れていたのに,この日は深い霧が立ち込めており,「霧のサンフランシスコ」は嘘じゃないということがわかった。

回るホテルはユニオンスクエア付近に固まって建っているが,街をぐるぐる走るだけでもちょっとした観光だ。「あそこが僕の好きなSUSHI屋だよ」などと教えてくれた先には,藍地に白抜きでSUSHIと書かれた暖簾がかかっていた。「ここら辺はサンフランシスコでも一番霧が多いところだ」と教えてくれたところには由緒あるホテルが建っていて,つい昨日までオバマ大統領が宿泊していたのだとか。マイクと名乗る運転手さんはとても親切で,手紙を置かなければならないホテルに着くたびに,ちゃんとドアを開けてくれ,フロントの場所がわかりづらいホテルでは一緒に行って案内してくれたり,夜遅いためドアを閉めているホテルではドアボーイ(なぜかどのホテルのドアボーイとも親しそう)に言って開けてくれたり。全部回って60ドル,couple of dollersのチップをあげてね,と言われていたが,10ドル上乗せして支払ったら喜んでくれた。

明日も早起きなんだけれど,明日の夜は平穏に過ごせるだろうか。こういう体験も悪くないけれど。
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by slycat | 2010-06-01 18:51 | 旅行

絶海の孤島を訪ねて

サンフランシスコと言えば,やっぱアルカトラズでしょ(?)。サンフランシスコ最初の2日間は比較的自由に時間を使えるため,『Alcatraz Tour』に行こうと決意。サイトを見ると,29日は土曜日であり,人気ツアーというだけあってどの便も満席。午前11:30を逃すと,ナイトツアーだけになってしまう(それは怖すぎる)。そこで慌てて11:30出航のツアーを予約した。

遅めに起きてホテルのレストランで朝食をとる。その名もJoe's Special(ジョーって誰?)。しかしスペシャルに旨いものなし,ただの具入りスクランブルドエッグじゃん。物凄い量でとても食べ切れない。おまけにホテルの従業員が親切すぎて,しょっちゅうオレンジジュースのお代わりはいかが,コーヒーはどう?と言いながら寄ってくるので,すぐに満腹になってしまった。

f0061021_18154144.jpg写真だとわかりづらいが、3〜4人分はありそうなJoe's Special

ホテルからタクシーでPier 33へ。そこからツアーの船が出る。坂を上ったり下がったり,途中チャイナタウンを抜けて埠頭を目指す。ホテルを出るのが思っていたより遅くなってしまい,間に合うかどうかハラハラしたが,10分ほどで目的地に着いた。タクシー代は7ドル弱だったが10ドル渡し,「釣りは?」と聞かれたので「OK」。ここに来てからOKとThank youばっかり言っている気がする……。

チケット売り場には長蛇の列ができている。しかしpre-paidなので自分のチケットはあっさりゲット(自分でもプリントできるのだが我が家にはプリンタがない……)。乗船する人々のほうの列に並んだ。

ほどなく出航。日焼けを気にしながらデッキに出れば,海はとても美しい。同じ海なのに,日本と違って磯の匂いがしないのは不思議だ。ヨットがたくさん浮いている。遠くにはゴールデンゲートブリッジも見える。アルカトラズ島は映画やテレビで見るのと全く同じだ(当たり前)。脱獄不可能な絶海の孤島は意外とサンフランシスコ市街から近い。あっという間に島に着いてしまう。

f0061021_1816313.jpg埠頭の様子を船から
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f0061021_18165222.jpgゴールデンゲートブリッジ
f0061021_1817251.jpgこれが絶海の孤島アルカトラズ

まずは国立公園の係官によるオリエンテーション。「トイレは下にいるうちに行っておけ,上には600以上のトイレがあるが,全部使えないからな」などとジョークを飛ばす。さりげなく館内にある喫茶店のアピールなどもする。

f0061021_18192567.jpg最初に目につく看板

説明が終わってブラブラと歩き出すと,目につくのはやたらとでかいカモメだ。我が家のモルモットより大きい。あちらこちらに彼らから抜けた羽が落ちている。もともとこの辺の島は彼らの棲家だったのだろうが,人間が勝手に移って来て,要塞にしたり刑務所に使ったりしていた。人が住まなくなった今,島は彼らの許に戻ったということだろう。

f0061021_18201926.jpg島の近くまで来ても、あまり刑務所という感じはしない
f0061021_18204826.jpg要塞だった頃の砲台
f0061021_1820573.jpg何かの建物跡
f0061021_1821649.jpgカップル(?)らしきカモメたち
f0061021_18212038.jpg1羽でいるカモメも
f0061021_18212942.jpg屋根の上にはたくさんのカモメ
f0061021_18214369.jpg見張り台

館内はそれぞれ音声ガイドに従って進む。各国語が用意されており,もちろん日本語もある。ヘッドフォンを装着し,いざ,と階段を上れば監房だ。
 人が幽閉されていた場所に立つのは不気味だ。たとえそこにいたのが悪さをした人たちだったとしても。いくつかの監房は自由に出入りできるように開けてあるが,ちょっと足を踏み入れても何となく気持ちが悪い。人はこのような狭い場所に閉じ込められるべきではない。
 アルカトラズでは一度も死刑は執行されていないが,脱獄を企てた者たちによる銃撃戦はあった。囚人・看守それぞれに死者が出たという。銃弾の痕もまだ残っている。ちゃんと脱獄できた者も3人だけいたそうだ。彼らは食事用スプーンを何十本と使って監房の壁を削り,配管を伝って外へ逃げた。彼らがサンフランシスコの岸辺に泳ぎ着いたかどうかはわからない。溺死したというのが有力な説だという。
 周りを海に囲まれているのに,外を眺めれば手が届きそうな距離に自由が見える,パーティの音楽が聞こえてくる。それが囚人にとってはたまらなかったのだそうだ。二重の拷問だね。刑務所内の図書館で人気を集めたのが大衆小説ではなく,ショーペンハウアーやカントなどの哲学書だったというのもうなずける。
f0061021_18245550.jpgf0061021_18253453.jpgf0061021_18341394.jpg
f0061021_18254833.jpg観光客でいっぱい
f0061021_1827983.jpg監房の外側。『ダーティハリー3』ではこの広場の出口付近で相棒が撃たれた
f0061021_18271920.jpg手の届きそうなところに見えるサンフランシスコ市街

音声に従いゆっくりと館内を巡ると,2時間ほどが経過する。本など土産を少々買って,再び船に乗るため列に並ぶ。帰りもあっという間だ。しかしこれだけの距離を,脱獄囚たちは泳ぎ切ることができなかった。見た目の美しさとは裏腹に水温が非常に低いことが原因しているそうだが,何だかしんみりしてしまう。

戻ってきたところは,かの有名なフィッシャーマンズワーフなのだが,土曜日ということで非常に混雑しており,とてもウロウロ見て回る勇気はなかった。おまけにひどい時差ぼけが始まっており,眠くて眠くて死にそうだ。それでも,会社の人たちにお土産だけは買わなければ,と無理してギラデリチョコレートをごっそり買ったのだが,後でホテル近くのドラッグストアでも普通に買えることが判明,しなくてもよい苦労などしなければよかったと後悔した。悔しいから,後で合流する同僚ともう一度フィッシャーマンズワーフに来ようと誓った。

旅慣れていないくせに,どうしてもケーブルカーにだけは乗りたい,と思ったので停車場に行くと,アルカトラズツアーのチケット売り場の3倍くらいの長さの行列ができていた。何じゃこりゃ。どうも地元の人々ではなく,休日を利用してサンフランシスコに遊びに来ている人たちのようだ。行列を見てひるんだものの,ほかに代わる交通手段もなく(またタクシーはいやだし,バスや路面電車は乗り方がよくわからない),ここでまた1時間くらいつぶれた。
 どうもケーブルカーとは観光客専用の乗り物らしい。走っている際にも,ケーブルカーを写真に撮ろうと待っている人がたくさんいたし,道行く人がみんなケーブルカーを見つめる。乗ろうとして満員だと係員に断られ憮然とする人も多数。一緒に乗った人たちは1日乗車券のようなものを振りかざしていたので,まず地元民ではなさそうだったし。地元の人々はどこへ姿を消したのだろう。
 しかし延々待たされた挙句に乗ったケーブルカーは面白かった。特に坂を下るときが最高だ。よく事故が起こらないものだと感心するほどの急勾配。しかも,どうも運転士の勘と経験に頼っている感じである。香港のケーブルカー(の一番前の座席に座るの)も好きだったけれど,サンフランシスコのケーブルカーの,チープな感じはエラく気に入った。ここにいる間にもう一度乗りたいな。

f0061021_18285536.jpg停車場。奥に見えるのがギラデリスクエア
f0061021_18284393.jpg常に1台待機しているにもかかわらず、なかなか乗車できない
f0061021_1829770.jpg中から見上げたケーブルカーの天井
f0061021_18291880.jpg一番前に乗れればかなり面白い風景が見られるはず

ホテルに帰ってテレビをつけたら,何と『ダーティハリー3』が放送されていた。そう,アルカトラズ島での銃撃戦がクライマックスというあれ,である。当たり前だが,本当にアルカトラズだった。さっきこの目で見た風景と何も変わらない。外側は映画のほうが今より少しきれいだったかも。クリント・イーストウッドと同じ土を,この足が踏んでいたのだと思うと感慨もひとしおである。無理して行ってよかった。

しかしかなり疲れた。昼食をとる時間がなかったので,夕食くらいはきちんと食べようと思ったものの,外に出る気力がない。ルームサービスを頼んでみた。サラダだけでよかったのだが,バッファローチキンまでオーダーしたら,届いたものを見て愕然とした。……どう見ても4人前はある。ルームサービスってこういうものなのか,それともアメリカだからこんなに量が多いのか。余計なお世話でフォカッチャまでおまけについていた。そしてバッファローチキンは,名前に惹かれたのだが決して美味しいものではないことがわかった(深みのない辛さ)。

f0061021_18305522.jpgカバーを載せた皿が積んである。上にフォカッチャ。ナプキンで冷めないように包まれている
f0061021_1831525.jpg見る者を圧倒する量。Mission Saladのミッションは店の名前であり、ホテルがある通りの名前。シュリンプがいっぱい
f0061021_1831151.jpgバッファローチキン。手羽中や手羽元を揚げて辛いソースに漬けたもの、らしい

いつもなら旅行に行くと,何か美味しいものに出合えるのだが,今回は難しそうだ。同僚の合流により,少しは食生活がマシになることを望みたい。
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by slycat | 2010-05-31 09:11 | 旅行

初渡米……やっぱり怖い

サンフランシスコの空の下である。街は大きくて明るく賑やかだ。ずっと煙草を喫っていないので私の肺もクリーン。だけどやっぱり歩いていると何となく怖い。

        *******

20年ぶりに成田空港から飛行機に乗ったが,考えてみれば20年前に第2ターミナルなんてなかったんじゃないだろうか。北ウイングとか南ウイングとか言っていたような。レンタル携帯電話の店舗やインターネットコーナーなんていうのも当然なかった。あの頃携帯電話と言えば「トランシーバー」のごとく大きくて,香港に行くとでっかい電話に向かって大声で話しながら歩いている人がたくさんいたが,日本人は持っていなかった。20年分の変化が全部空港に集まっているような印象で心細い。すでに日本にいるときから空港の中で迷子になりつつあった。

まぁしかし,航空会社の女性係員は非常に優しく丁寧で,ボーッとしている人間がいてもイライラしない。旅行代理店から言われたとおりチケットのレシートを持参して行ったのだが,チェックインしようとしたら機械から嫌われた。仕方がないので人間のいるカウンターに行くと,「座席を確認します」とかでどこやらに電話し始める。ホントに大丈夫なのかとまたまた不安になったが,大丈夫でない理由もないし,無事チケットを手にすることができた。

飛行機に乗ってしまえば後は到着を待つだけなので,ひと安心。日本の航空会社なので言葉の問題に悩むこともなし。エコノミーなので機内食はマズいのは仕方がない。「シーフードカレー」か「たいめいけんのハヤシライス」という選択肢でハヤシライスにしてみたが,どこがたいめいけんなんだか,やたらと甘かった。茂木氏を問い詰めたい。でもビールも飲めちゃったしひとまず満足。

サンフランシスコ到着が日本時間の午前3時15分なので,何とか眠らなければならないと考えたが,エコノミーの座席でぐっすり眠るのは至難の業である。おまけに右隣の席の男性(学会に参加する医者のようだ)が気に入らない。座席についている小型テレビをずっと観ているので真っ暗にならないし,何か臭うし,脱いだ靴が散乱していてもそのまんまだし,鼻水が出るならティッシュでかめばいいのに,ずるずる鼻をすするし。通路側の席にしてもらったので左側には誰もいないのだが,両方こんな人に挟まれていたらもっと悲惨だっただろう。会社の同僚が出張前に,隣の人がいきなりウエェ~と戻した,という衝撃的な経験を話してくれたので,それよりはだいぶマシだなと思うが。

午前1時頃になると機内も明るくなり,またもや機内食が出てくる。今度はフレンチトースト,スクランブルドエッグ,ソーセージにフルーツ,ヨーグルト,とオーソドックスな内容だが,なぜかクラッカーとチーズ,バニラアイスクリームがついてきたのには首をかしげた(しかしそれなりに食べておいてよかった。なぜなら,ホテルに着いてからはいろいろと時間がなく,結局夕食を食べずに寝ることになったからだ)。

飛行機は予定通り着陸したが,入国手続きは難航した。US CitizenとVisitorとに分かれて進むのだが,係官のところにたどり着くまでに1時間以上かかる行列だった。やっと係官のところに行くと,あれこれと聞かれてうるさかった。指紋を取られたり写真を撮られたりするのも気に入らない。別にこの国に移住したいとかここで働きたいとか,全然思わないから。

ホテルのチェックインは16:00からとなっていたが,4時間以上つぶさなければならない。日本でトラベラーズチェックを購入しておいたのだが,手許に少し現金があるほうがよいと思い両替所で換金しようとしたら,東洋人の女性が日本語で,手数料がもったいないから買い物でもしてくずせば,と言う。そこで空港ビルの中の書店に入り,フェデラー・ナダルが表紙になっている「STROKES OF GENIUS」というペーパーバックを手に取った。13ドル95セント,ちょうどいいじゃない,と思ってレジに行くと,店員が「100ドルからじゃ釣りがねぇ」と抜かすので結局クレジットカードで買うハメに。これじゃお金くずせないじゃん。日本だったら,少なくとも空港に入っているような書店だったら,釣りがないなんて言わないよな,と思い相当ムッとした。結局並びのセフォラで化粧品を買った。

ただこれだけのことで疲れてしまい,とにかくダウンタウンに出てみようと思いつく。30分もタクシーに揺られると酔ってしまうので,BART(Bay Area Rapid Transit)に乗る。しかし,切符を買おうとして戸惑った。何が何だかさっぱりわからない。銀行のATMみたいな画面の横にボタンが並んでいるが,何をどう押せというの? 香港の地下鉄・鉄道などに比べても難解だ。しかも先ほどの買い物では結局小額紙幣をゲットできなかったのだが,両替機もないため現金では買えなさそう。理解できなかったので諦めてクレジットカードを差し込むと20ドル分のプリペイドカードみたいなチケットを出すことに成功,改札へ。しかしここでもチケットの裏表を間違ってチケット口に差し込むというミスを犯し(絵柄のない,白いほうを上にするのが正解),通りすがりの男性に誤りを指摘された。ああやれやれ。もう日本に帰りたい。それでもタクシーよりはいい,と自らを鼓舞させる。

f0061021_11265287.jpgBARTのSan Francisco International Airport駅
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f0061021_2324414.jpg車内はこんな感じ。日本人らしき人たちがいた。地下を走ることが多く何となく暗い

こんな面倒なシステムのせいか,電車は空いていた。地上を走ったり地下に潜ったり,合間に窓から見える景色は,やはり日本とはちょっと違っていた。建っている家が同じ規格で可愛らしく並んでいたり,道を走る自動車と自動車の間隔がかなり開いている。
 車内に入れば,日本と同様に「次は何々駅」とアナウンスがあるので,とにかくPowell Streetで降りること,Civic Centerの次!と注意して聞いていた。

ちゃんとPowellで降りることができた。やった~! ここには観光案内所があるので,何枚かパンフレットを貰っていく。間違えて「San Francisco Official Gay & Lesbian: Map & Guide」というのまで貰ってきてしまった(ホテルでよくよく見てびっくり。シュワちゃんが言ってた「何でもアリフォルニア」って本当だな)。
 しかし方向音痴に異国の街はツラい。どっちが東でどっちが南か,一度外へ出てみたものの,原宿みたいな露天が出ていたりミュージシャンが歌っていたり,何か怖そうな人が「Hey, sister!」とか声をかけてきたりするのでビビり,もう一度地下の駅構内に戻ってホテルに一番近い出口に向かった。ひょっとしたら,駅構内のほうがヤバかったかも。人が多いほうが安全だったかもしれないが,とりあえず何事もなく目的の出口から出られて,やっとの思いで目指す4th Streetに出ることができた。後は,この通りに交差する通りを探すだけ。で……無事チェックインできました。予定よりずいぶん早かったのに,フロントの人は全然気にしていなかった。この点には大いに共感した。ネットの接続方法などあれこれ説明され(だいぶ聞き飛ばしたが)「とても眺めのいい部屋ですよ~!」と言われて,とびきりの笑顔(のつもり)で「Thank you very much!」。

f0061021_11285067.jpg部屋はツインルーム
f0061021_1129927.jpg窓の下の風景。教会がある
f0061021_11292383.jpg右には海が見える
f0061021_1129348.jpg空港の書店で買った本

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by slycat | 2010-05-29 19:07 | 旅行

文楽と落語の旅 その3

11月25日。大阪最後の日は、息子がもう一度落語を聴きに行きたいというので、言い出しっぺに当日券を買いに行かせた。前売り券はすべて売り切れており、旅行前に繁昌亭に電話で問い合わせたら、11時から補助席および立ち見券を売り出すという回答だった。チェックアウト後にフロント前で待ち合わせて出かけるつもりだったが、母親が支度にぐずぐずしている間に、チケットを買った息子が帰って来たので、結局一緒に部屋を出た。

再び南森町へ。駅を出るとすぐに商店街があり、その入り口近くにあった喫茶店で昼食をとった。12:50から整理番号の順に入場ということだったので慌ててかき込んだが、なかなか美味しかった。店を出ようとして「まだデザートがあります」と言われ、出てきたのが冷たいソフトクリームで、美味しかったがもうちょっと量が少なくてもいいのに……と思った。食い倒れの街では何でもたっぷり出てくる。

ちゃんと開場に間に合って、立ち見を免れ1階最後部の補助席(パイプ椅子)に座ることができた。休憩があるとはいえ3時間立ち続けるのはとても無理。チケットを買いに行ってくれた息子には感謝しないといけない。

林家卯三郎さんから始まり、林家竹丸さん、桂きん太郎さん、と落語が続く。ここでダグリィー・マロンさんのマジックが入る。プロのマジックを見たのは初めてかも。結構面白いものだ。言葉を聴くことに集中していたので、単純に見て楽しむのはいい息抜きになる。だからどこの寄席でもマジックや大道芸を入れるんだね。
 その後、桂 団朝さん、桂きん枝さんが登場したが、きん枝さん、「今日は落語はしません」とキッパリおっしゃって、本当に落語はせず、阪神タイガースにまつわる漫談などなさって堂々と去って行った。ある意味凄い。
 聴いてから1週間経つと、何の演目だったのかかなり忘れている。あんなに笑わせてもらったのにヒドイ客もあったもんだ。『つる』、『平林』、後は何だっけ……。きん太郎さんのだけ古典ではなかった。『くもんもん式学習塾』みたいだったけれど、内容が違うようだった。

中入り後は林家小染さんの『相撲場風景』で始まる。桂 福楽さんの『寄合酒』の後は“マジカル落語”の桂 朝太郎さんで、トリは笑福亭仁福さんの『手水廻し』で締めくくられた。息子は最後の『手水廻し』が一番好きだという。『愛宕山』が聴きたかったなどと言っていたが、冬にはかからないだろう。落語初心者なので詳しくは知らないが、恐らく季節に合わせて噺を選んでいることと思う。
 同じテーマの落語でも、東と西では内容や語り方が違うことが多い。夏に繁昌亭に行ったときやっていた『骨つり』は東では『野ざらし』とタイトルも変わっている。前々日に吉弥さんが話した『親子酒』は、落ちは東西同じだけれど、間が全然違う。東の噺家さんは羽織を脱がないみたいだけれど、西では脱ぐ。そういう違いがまた楽しい。

ふだんの生活の1ヵ月分くらい笑ったんじゃないだろうか。パイプ椅子に座りっ放しの3時間は肩や腰に堪えたが、身体にはかえってよかったような気がする。「あ〜面白かった、また来たいね」と言いながら繁昌亭を後にする。18:53の新幹線で東京に帰らなければならないので、早めの夕食をとるため、難波に向かう。

お目当ての店が17時まで開かないので、少し先の「551蓬莱」の行列に加わり、ハムスター、ウサギ、モルモットの世話のため留守番している家人に豚まんとシュウマイのお土産を買う(こういうものが好きな人なのだ)。
 レストランの前に戻ると、開店を待っている人たちがおり、まだ規定の時間より5分ほど前だったのだが店の人が出て来て、客を中に入れてくれた。

池波正太郎が通ったという「重亭」。ここで息子はオムライス、私はハンバーグを頼む。東京にいるときはあまり洋食は食べないのだが、何となくその気になった。
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見た目よりあっさりした味。あんまりドミグラス(デミグラス)ソースは好きではないのだが、ここのはトマトベースで透き通った感じのソース、食べやすかった。神田のS亭より好みかも。息子が物足りなさそうな顔をしていたので半分お裾分けした。
 お店のご主人(マダム)がとても丁寧で、お勘定のときも一人ひとりに「お待たせいたしました」と声をかけていたのがよい印象。味がよくてもサービスが悪い店が多くて、いやな気分にさせられることが多い昨今、さすがに老舗だなぁと感心した。

ホテルに預けていた荷物を取りに戻ってから新大阪へ。地下鉄の中で時計を見て青くなる。少々のんびりし過ぎていたようで、新幹線の時間にギリギリ、いやひょっとしたら間に合わないかもしれない。どうしよう。最悪、次の列車で自由席の空きを探すか……。
 新大阪に着いたのが18:48、こりゃ駄目だ!と思いつつも新幹線乗り場へ急ぐ。すると……「18時53分発のぞみ42号は、5分遅れて到着します」とのアナウンスが聞こえた。うわー天は我々を見捨てなかった〜! 何が原因で遅れたのかは知らないが、余裕で予定の新幹線に乗ることができた。自由席は満員だったようでデッキにまで人が溢れており、もしこの列車をミスっていたら同じ目にあっていただろう、と思うと神に感謝した。う〜ん、旅行はしっかりスケジュールを立てないといけない。

家に帰ると、ウサギのウーさんが息子を恋しがってスネていた。早速なだめてやりおやつをやる。モルモットたちは泣き、ハムスターたちはケージをよじ上ってはアピールしている。あぁ我が家に帰って来たんだな、と実感する。留守番でお疲れの人には豚まんをご馳走、早速土産話が始まった。

今回もバタバタと忙しい旅行となった。次こそはもっと優雅に、ゆっくりとしたいものだが……。
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by slycat | 2007-12-03 01:09 | 旅行

文楽と落語の旅 その2

もたもたしているうちに旅行から1週間が経過しているが、物忘れのひどい年代なので、とにかく書いておこう。

11月24日。せっかくの“ヴァカンス”なので、とにかくゆっくりしたかった。今回の宿泊は朝食付きのプランではなかったので、朝起きたら近くの喫茶店にでも行こうかな、などと思っていたが、結局昼頃までホテルでゴロゴロ。部屋を掃除しに来た人に迷惑をかけてしまった(後で出直してもらった)。

昼過ぎ、道頓堀へ向かう。「道頓堀極楽商店街」に行ってみた。横浜の「ラーメン博物館」や東京の「ナンジャタウン」と同様、ビルの中に昭和のレトロなセットが作られ、中に飲食店が入っている。ここの串カツ屋で昼食をとるため、行列に並んだ。随分待たされたので、息子に近くのたこやき屋でたこやきを買って来させ、並んだまま立ち食いした。中身がトロッとしていて美味しかったが、物凄く熱い。小龍包もヤバいが、本場のたこやきは相当危険な食べ物だ。
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並んでいる最中、突然騒がしくなり「戎神社」のところにえびすさん(多分)が出てきて「商売繁盛、笹持って来〜い」と歌いながら広場を回り出した。ほかにも「夫婦善哉」などのアトラクションがあるらしい。
 串カツは、正直言って前回新世界で食べたもののほうが美味しいと思うが、こういう場所なので、家族連れや女性には入りやすいだろう(おかしな話だが、例えば浅草にこういう店があったとしたら、怖くて入れないはずだ。観光で来ていると大胆になるものだ)。
 種類はこちらのほうが豊富で、リンゴを揚げたもの(期間限定)などがあり、息子は4本も食べた(私はビール片手なので甘いものは遠慮した)。
 この「極楽商店街」では入り口で「入館証」を渡され、中の飲食店で飲み食いした代金はそれぞれの店でレシートだけ渡してくれ、退館のときに精算することになっている。串カツ屋の店員さん、レジで会計の際に息子が飲んだ烏龍茶1杯を25杯と打ってしまい、とんでもない金額になったのを慌てて打ち直してくれたが、なぜそうなったのかサッパリわからなかった。気づいてくれてよかった。

館内は華やかだが、外の喫煙所はこんな感じ。昔はよく道端にあったゴミ箱が再現されているのも面白い。
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調子に乗って食べ過ぎたため、文楽劇場のある日本橋までトロトロと歩く。大した距離ではないので消化の助けにはならなかった。
 本日の演目は『源平布引滝』と『曾根崎心中』。16歳とはいえ子連れだと1日ぶっ通しはしんどいので(第1部にすれば『艶容女舞衣』が聴けたのになぁ)、住大夫さんが語る『曾根崎心中』を優先した。
 会場では斜め前方の席に東京の知人が座っていたのでびっくり。歌舞伎はお好きだと聞いていたが、文楽もお好きだったんだ。なお、後で知ったがいつも一緒に東京公演に行く友人は、前日の第1部に出かけたらしい。わざわざ大阪まで来るなんて、道楽者で恥ずかしいなぁと思っていたが、なーんだ、みんなやってることなのね。少し安心した。

源平布引滝
〜音羽山の段〜
平重盛の命を受けて鳥羽離宮に行こうとしていた琵琶法師、松波検校。途中案内に雇った男が実は盗賊で、鳥羽ではなく音羽山の奥まで連れて来られ、挙げ句の果てに身ぐるみはがれて斬られてしまう。そこに打倒平家を目論む多田蔵人行綱が通りかかり、賊を殺して松波検校を介抱するものの傷は深い。検校も源氏にゆかりの者、行綱が検校の姿となって離宮に入り、主君の仇を討つという言葉に喜んで死んでいく。

盗賊がいかにも悪そうな顔で、あぁ目が見えていれば騙されることもなかったのに、と検校が哀れ。検校と行綱の首はともに「検非違使」で、顔がそれなりに似ている、ということなのだそうだ(息子が聞いていたイヤフォンガイドの解説から受け売り)。

〜松波琵琶の段〜
検校の格好をしてまんまと行綱が鳥羽離宮に入り込むと、そこには先に様子を探るため奉公していた娘、小桜が。同様に離宮にいた妻は、平清盛を討とうとして失敗、すでに世を去っていたということが判明する。「もうこれからはなお大切な父上、もしおかか様のやうに見つけられ悲しいお別れをせうかと、そればつかりが案じられます」と嘆く愛らしい我が子に心打たれるが、気持ちを励まして任務遂行に向かう。
 一方、庭では3人の仕丁(下僕)たちが落ち葉を掃いている。寒いので落ち葉を集めて焚火を焚き、温々と暖まっていたところ、宮の局に叱られ大慌て。しかしその後別の局がやって来て、法皇が「詩心がある」とお褒めになったとお酒を持って来てくれたので、喜んで酒盛りとなる。
 小桜が登場して3人に法皇がくださった歌を持って来ると、急に仕丁の1人、平次が小桜を捕まえ、お前の父親は多田蔵人行綱だろう、とネチネチ絡み出す。ほかの2人はそれぞれ笑い上戸、泣き上戸のようで笑いを誘うのだが、平次の絡みは酔っぱらいのそれを超えて徐々に険悪になり、ただならぬ雰囲気になっていく。
 実はこの仕丁、難波六郎という平家の武士だったらしい。源氏が密偵を送り込めば、当然ながら平家も手を打っているということなのだろう。執拗に父の名を言え、と小桜を縛り上げ、叩く。緊迫する場面に、だんだん居心地が悪くなってくる。直前の場面がおふざけだったので、余計にキツいのである。
 奥のほうから現れた行綱、娘のピンチに正体を明かすこともできず、轟く胸の痛みに耐え兼ねている。ここで極悪非道の難波六郎が、一度琵琶を聞いてみたかった、弾いてみろ、と抜かす。琵琶というものは弾き手の心が現れるものだということで、こんな状況で弾いたら何もかもおしまい……しかし、ぐっと堪えて行綱は琵琶を弾き始める。このときの演奏の見事なこと。後で聞いたら、人生経験の少ない16歳の息子でさえ心を揺さぶられたそうだ。
 しかし行綱の頑張りもここまで。拷問に耐え、決して口を割らない娘の健気な姿にいてもたってもいられなくなり、娘に駆け寄る行綱。正体がばれてしまい、その場を逃げ出す。そりゃーそうだよね、ここで見殺しにするようでは人の道に外れてしまう。

〜紅葉山の段〜
逃げる行綱を追う平氏側の武士たち。そこへ平重盛が登場、決着は戦場でつけよう、ということで、その場は逃がしてくれるようだ。話の全貌はよくわからないものの、この重盛もひとかたならぬ人物、なのだろう。

ここで休憩。息子の希望で1階へ下り、お茶処でおうすをいただく。喉がカラカラになったそうだ。『曾根崎心中』に備えて私はコーヒーを追加、一服してから席に戻った。

曾根崎心中
〜生玉社前の段〜
あまりにも有名なお初、徳兵衛の心中、なぜ2人が心中しなければならなかったのか、その原因が語られる段。平野屋の手代、徳兵衛は、主人の姪との間に縁談が持ち上がっており、持参金として義母が2貫目の金を受け取っていた。彼には天満屋の遊女、お初という恋人があったため、義母から金を取り戻し、主人に返すつもりだったのだが、友人の九平次にその金を貸してしまっていた。徳兵衛が生玉社の前でお初に事情を話していたところへ、九平次が登場。借金の返済を迫ると、借りた覚えはないと言われ、かえって証文を偽造したと言いがかりをつけられ、公衆の面前で恥をかかされた上にボコボコにされる。

〜天満屋の段〜
今回、ここが観たくて大阪まで来たのだった。お初が務める天満屋に、徳兵衛が訪ねてくる。昼間の騒ぎはすでに評判となっており、お初は着物の裾に徳兵衛を隠してこっそり店の中に連れて行き、縁の下に導く。そこへまたまた九平次がやって来て、さんざん徳兵衛の悪口を言う。
 ここでお初がきっぱりと、徳兵衛は人を騙すような男ではない、と語りながら、足下の徳兵衛にもはや自害しか身の潔白を証明する術はない、と伝えるところが見せ場。徳兵衛もお初の気持ちに応え、彼女の足首を自分の喉にあてて、死の覚悟を示す。
 文楽ではふつう女性の人形に足はないのだが、お初ちゃんは特別(ちなみにさっきの小桜ちゃんには足があったが、あれも特別なのだろう。木に吊るされるので……)。この演出を考えたのが吉田玉男さんだそうで、どういう風に演じられるのか、観てみたかった。本物の人間の足だったら気恥ずかしいかもしれないが、人形の足はあくまで白く、硬く、清潔感があり、しみじみと悲壮な決意が伝わってくる。
 この後、店が閉まってみんなが寝静まった頃、お初が2階から下りてきて(というか、落ちて)徳兵衛と2人、外に出て行くところでもう一度サスペンスがある。

〜天神森の段〜
天満屋を去った2人が辿り着いたのが天神森。「あの世に行ったら自分の両親に会えるだろう」という徳兵衛に、「自分の親はまだ健在なので、自分の心中沙汰を噂に聞くことになるだろう」というお初がいじらしい。舞台の書き割りにあったお星様が何だか邪魔だったが、美しく悲しい場面で、最後に2人が死ぬところは、自分でもその瞬間まで気づかなかったほど突然に感情が動いて、どっと涙が溢れた。

住大夫さんは『文楽のこころを語る』や『言うて暮しているうちに』の中で、近松は字余りだ、語りにくい、あんまり好きじゃない、とたびたびおっしゃっているが、それでもなお、お初の健気さ、愛情の深さ、そして強さがじわじわと伝わってきて満足した。少しお声に元気がないように思ったのは気のせいだろうか。
(実はこの日、ホテルに帰って夕刊を開いたら文楽界の不祥事が報道されており技芸員さんたちには大変な衝撃だったことと思われる。そのまっただ中で語り、人形を遣い、三味線を弾いてくださった皆さんに、お礼を申し上げたい)

不祥事のことなど何も知らず、再び道頓堀のほうへ歩き、一度行ってみたかったお店「たこ梅」に入った。実は夏にも行ってみたのだが、残念ながら改装中だったのである。昼間に食べ過ぎていたのでそんなに空腹ではなかったのに、カウンターに座るとあれもこれも試してみたくなってしまい、財布にも胃袋にも痛手だった。生まれて初めて「さえずり」を食べました。美味。
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ホテルに戻り、テレビで相撲の結果を確認したら、魁皇が苦しい中、必死の相撲で勝ち越し、カド番を脱していた。バンザ〜イ。翌日は東京に帰らなければならないので、これ以上の夜更かしは避けて眠りにつく。
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by slycat | 2007-12-01 06:24 | 旅行

文楽と落語の旅 その1

23日からの3連休を利用して、今年2度目になる大阪へ旅立った。目的は文楽と落語である。今回もUSJには行かず、お買い物もなし。前回は真夏で暑さがつらかったが、今度はちょうどよい気候で快適だった。

新幹線で東京から新大阪へ。東京駅にオープンした「グランスタ」内の「駅弁屋 極」でお弁当を買う。物凄い込みようで、面倒だったので入り口に近かった店で最初に目についたものを選んだ。中身や値段で悩む時間はなかった。お味はまあまあ。1,300円もするんだから当然かな。

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ちなみに私の「秋露のささやき」は上の写真、下のが息子の北海なんとか(こっちは1,700円。小さいのに高い!)

メインイベントの文楽は24日夜の部だったので、大阪に着くとまずは地下鉄でホテルに向かい、しばらくはのんびりとテレビで相撲を見た。崖っぷちの魁皇が負けてしまい、ちょっと気分が沈んだ。

22時から繁盛亭で桂 吉弥さんの落語会を聴く予定だったので、天神橋筋でごはんを食べようと思い、天五の激安寿司屋に向かうが、休日のため案の定行列ができていた。ほかに移動するのも億劫だったのでそのまま待ち、30分ほど待たされて店内へ。
 しかし、注文するたびにネタ切れである。お店の大将が言うことには、「前日テレビでこの辺の寿司屋が紹介されたのでお客さんが殺到した」からだそうだ。値段のわりにはまともなお寿司が出てくるので、あぁ残念だな、と思ったが仕方がない。お店の人もしきりに謝ってくれて「謝るのこれで250回目ですわ」などと言っていた。
 驚いたのは、東京の寿司屋では当然出される、むらさきと小皿がどこにもない。刷毛を突っ込んだ黒い液体が入った器があるだけだ。えっどうやって食べればいいの。人に訊くのも恥ずかしいのでこっそり周りを観察すると、どうもその刷毛を使って寿司に黒い液体を塗るらしい。シャコや穴子を頼んだとき、店の人が塗ってくれる煮切りね、と合点がいき、そそくさと塗り付けた。一応この店、「江戸前」なんですが……江戸から出てきた者にはわからないルールがあった。

満腹というまで食べられず何となくしけた気持ちになったが、開演時間が迫ってきたので再び地下鉄に乗り(天神橋筋の商店街はやたらと長いので、歩いていたら間に合わなかった)、南森町へ。慌てて繁盛亭に駆け込む。夜も遅いというのに、会場には大勢のお客さんたちが詰めかけていた。熱心な吉弥ファンらしい。

初めてのことで何もわからないまま席に座った。1階席右端の前から5列目である。ようやく開演、場内が暗くなった、と思ったら、観客が一斉に後ろを向く。何だ、何だ。振り向けば、桂 吉弥さんがマイクを握り、「時の過ぎゆくままに」を歌いながら登場。すぐ横を通って舞台へ進んで行った。続いてゲストの桂 まん我さんがやはり歌いながら登場。舞台の上に用意された椅子(パイプ椅子に布をかけてある)に座り、早速トークが始まる。

その後、落語を1席ずつ披露。まん我さんは「ちりとてちん」と「井戸の茶碗」のどちらにするか、観客に選んで欲しいとリクエストを募った。拍手の多かった「井戸の茶碗」に決まる。上方落語はジェスチャーがたっぷりで楽しい。非常に面白かったが、一緒に行った息子は「ちりとてちん」が聴きたかったと残念そうだった。

次は吉弥さんの「親子酒」。「井戸の茶碗」は長い噺なので時間が押し、まくらもそこそこにいきなり始まったのだが、笑いましたねぇ。特に飲んべえの息子がうどん屋相手の話に夢中になってうどんにトントンと唐辛子を振りかけるくだり、大阪風に色のうすいつゆがはられた丼に、赤い唐辛子が山のように積もる様子が、実際に見えるようだった。さすがに吉朝師匠のお弟子さん、なかなかの実力とお見受けした。

大阪は地下鉄の終電が早いので心配したが、23時半には電車に乗り込むことができ、問題なくホテルに帰り着いた。このただ1席の落語で、息子はすっかり吉弥さんのファンになり、「面白かった〜」を連発。おかげさまで、大阪旅行第1日は大満足のうちに終わったのである。
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by slycat | 2007-11-29 01:26 | 旅行

大阪ジタバタ記 その3(最終日)

あれこれと欲張って回った大阪旅行も最終日となった8月3日。ホテルのチェックアウトは正午なので、朝はのんびりと過ごし、大きな荷物はホテルに預けて、最後の観光に出かけた。

最終日は落語が聴きたい、と息子に言われていたので、繁盛亭に行くことにしていたが、繁華街ばかり歩いていたので少し目先を変えて四天王寺に向かう。興味のなさそうな息子だったが、最近某ギャグ漫画で聖徳太子ネタにウケていたので、太子ゆかりの寺ということで少し元気が出たようだ。

地下鉄に乗ろうと、前日味をしめた「一日乗車券」を買い、自動改札を抜けようとしたらピンポ〜ン。抜けられない。隣の機械でも試したがダメ。え〜っ何で?と焦って駅員さんに尋ねると、「今日は金曜日でノーマイカーデーですので、ノーマイカーチケットを買い直してください」とお金を返してくれた。そんな制度があったのか。一日乗車券は850円だが、「ノーマイカーフリーチケット」は何と600円。これは嬉しい。東京でも導入すればいいのに。
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千日前線で四天王寺前夕陽ケ丘まで行く。駅に降りて地上に出ると、道頓堀などとは違い静かな雰囲気である。どういうお寺かよく知らなかったので、正面からではなく横から境内に入ってしまったが、何だか非常に大きなお寺のようでやたらと広い。いくつも建物がある。勝手がわからないまま1つひとつ回って行く。くぐると知恵が宿るという大きな輪(名称はわからない……)は太宰府にもあったな。
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池にはなぜか亀がたくさんいた。宝物館にも入ってみて、舞楽の装束や薬師如来像などを拝んだ後、布袋さんのところで前日のリベンジとばかりおみくじを引く。今回は大吉! やったぁ、これで報われた。息子のおみくじは「半吉」だった。小吉や中吉は知っているが、半分「吉」というのを見たのは初めて。西では当たり前なのだろうか? 門のところで鐘をついてから四天王寺を後にする。途中、古本屋の店先に謡のテキストがたくさんあり、新品同様なのに400円。買おうかと思って結局やめたが、普通にこういうものが無造作に売られているあたり、さすがに大阪は芸能の街だなぁと感心した。

昼食はぜひとも大阪の「きつねうどん」が食べたい、とガイドブックで「元祖」と書かれていたうどん屋さんへ。地下鉄の本町駅から歩く。台風が近づく暑い日で、うどん1杯のために汗だくになるなんて我々も物好きだなぁなどと自嘲しながら店を探す。
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大阪に住んでいた頃は子供だったので、外食と言えば親がハレの日限定で連れて行くという程度、町のうどん屋さんに入ったことはなかった。したがって“ちゃんとした”関西のうどんを食べたことが一度もない。
 「大阪のうどんってコシがないからいやだ」などと言っていた息子だったが、食べ始めると「うまい!」と言いながらペロッと平らげた。確かにコシはないけれど、暑さに疲れた身体にやさしいツルッとしたうどんは食べやすい。店内でも一番安いメニューなのに、きちんと柚子の皮が香りづけに入っているあたりにも感心。ネギも斜めに薄く切ってあって、庶民の食べ物ながら上品な感じがした。揚げはかなり甘めかな。これで私もようやく大阪のうどんを食ったぞ〜と思う。
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暑さにへばったので近くの喫茶店に入って涼をとる。アイスコーヒーを頼んで一服。こちらではコーヒーに入れるクリームを「フレッシュ」と言うらしい。ガイドブックをスーツケースに入れたままホテルに預けて来てしまったので、店を出る際、「繁盛亭へ行くにはどの駅で降りればよいですか?」と訊くと、店の人が親切に道程を教えてくれた。斜めに行くと堺筋本町の駅に出るから、そこから「南森町」へ行って北浜寄りの出口から外に出なさい、と。「楽しいですよ」と送り出してもらい、堺筋本町駅に向かって歩き出す。

無事駅には着いたが、ボケが始まっているのか元々方向音痴だからなのか、なぜか南森町ではなく「森ノ宮」へ行ってしまった。あれ、これは2日目に行った大阪城の近くじゃないの。幸い外に出る前に間違いに気づいたので、息子にさんざん罵倒されながら南森町に引き返す。
 大幅に時間をロスしてしまい、繁盛亭に着くとすでに3時近く。切符は買えるが立ち見になる。「席が空いていたら座ってください」と言われて2階に上ると、運よく席があった。
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実は、大阪に行くんだからとわざわざ繁盛亭を目指したので、ふだん東京で寄席通いをしているわけでは全然ない。ふだんはテレビや深夜のラジオでしか聴いたことがない。息子は勿論、私にとってもこれが生まれて初めての生落語経験となる。テレビで観たときには気づかなかったが、噺家さんは羽織を着て高座に上がるけれど、噺の途中で羽織を脱ぐんですねぇ。そして途中でハンカチのようなものを懐から出し、所定の場所に置く。上から見ると、初めて“発見”することが多々あった。
 名前は忘れたが滑稽な釣り人の噺の途中で入り、その後桂春駒さんのヤブ医者が出て来るグロい噺、レツゴー長作さんの漫談に笑い、最後は笑福亭呂鶴さんの「青菜」。これを大阪弁で聴くのは初めてである。上方落語はテンポが速くて面白い。身振り手振りも派手な気がする。知っている噺でも別もののようで、爽やかに笑わせてもらった。

繁盛亭を出ると、この日の予定は終了。再び道頓堀に出てお好み焼きを食べ、ホテルに引き返して荷物を受け取り、新幹線に乗るため新大阪に向かうが、ここでまた欲を出して梅田で下車、お初天神に行く。いまだ名作『曾根崎心中』は未体験だが、ゆかりの場所くらいは行っておきたかった。
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小さな神社であるが、空も暗くなっているというのに、お参りする人が結構いた。繁華街の真ん中に、ひっそりと建ち、しかし大事にされているようだ。境内には野良猫がたくさん住みついていた。突然黒い影が足下を走ったので「ギャッ」とばかりに驚いたが、何のことはない、可愛い目をした子猫だった。
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これで本当に旅は終わり。最後のイベントは「のぞみ52号」に乗ることで、最近新しく加わったN700系の車輛、これに乗りたくてわざわざ飛行機に乗るのをやめたのである(息子の希望じゃなく私の……)。根っからミーハーなのであった。残念ながら先頭の写真は撮れなかったが、一応「証拠」までに。
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わずか2泊3日の旅行だったが、それでも十分楽しめた。口を開けばすぐに観光客とバレるので、かえって気も楽だった。エスカレータの習慣、食べ物の味、なぜか地下鉄構内のあちらこちらに落ちているビーズ(多分携帯の飾りなのだろう)、いろいろと東京とは違って面白い。しかし東京よりずっと清潔な感じだった。渋谷みたいに下水や汚物の臭いはせず、清掃が行き届いていた。東京も、首都だと胸を張るばかりでなく、それに恥じないようにすべきだね。
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by slycat | 2007-08-08 12:13 | 旅行

大阪ジタバタ記 その2

移動と野球の応援で疲れ、ぐっすり眠って大阪第2日を迎える。ホテルの朝食(バイキング)は激しく不味かった。何よりコーヒーが煮詰まっていたのには腹が立ったが、宿泊費が格安なのでこんなものかと諦め、のんびり外に出る。小6のとき訪れて以来の大阪城に向かった。

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大阪に来てひとつ驚いたのは、地下鉄が縦横に走っていて物凄く便利な半面、1区間当たりの金額が高いこと。東京の都営地下鉄でさえ初乗り170円なのに、大阪市営地下鉄は200円である。ちょっと乗り降りすると、結構な金額となりイタい。
 しかし、うまくできているもので、「一日乗車券」というのがちゃんと売られている。駅売店で買えるし、切符の自動販売機でも買える。地元の人なら、1駅や2駅くらいなら電車になど乗らずに歩くのだろうが、土地勘がない観光客は地下鉄に乗ったほうが確実に目的地に行けるので、このパスは非常に有難い。しかも850円。買わない手はないでしょう。

台風が近づいているため湿度が上がり、陽射しも強かったが、お城の周りはきれいに整備され、ちょっとした都会のオアシスといった感じである。「この辺に勤めている人はいいね〜」などと言いながら歩く。

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天守閣に上るのに、5Fまでしかエレベータが使えず参った。最上階までは自分の足で階段を上らなければならない。ふだんの運動不足がたたってへとへとに。それでも、てっぺんに上ると風が吹いて爽やかな気分になった。

難波に戻り、公約どおり自由軒に向かう。織田作之助が毎日のように通ったという店は、レトロな感じが残っており、来てよかったなぁと思わせる。
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写真を撮る前にうっかりかき混ぜてしまったが、ご承知のように、カレーソースをまぶしたご飯の真ん中には、生卵が載っていた。息子を見て、お店の人が「辛いけれど大丈夫ですか?」と訊いてくれたが、心配ご無用。私の分まで1.5人前食べた。家でハムスターの餌係を務めるおじさんのために、5人前セットのお土産も買って行く。
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その後は道頓堀をぶらぶら歩き、法善寺横町を目指す。水かけ不動尊にお参りしておみくじを引いたら「凶」が出てがっくり。息子は小吉だった。そしてこれも公約どおりに夫婦善哉の店に入りぜんざいを食べる。森繁久彌や淡島千景の書、映画のパンフレットが額に入れられ飾られている。ぜんざい(東京では田舎しるこ、と呼ぶようだ)はお椀2つ分合わせても多過ぎる量ではなく、甘過ぎることもなく、歩き回って疲れた身体を癒してくれた。お椀に1つずつ入った白玉が可愛い。
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再び道頓堀を歩き、食いだおれ人形や「グリコ」を見て、心斎橋方面に進む。途中、昔よく母が昆布を買っていた店があり懐かしかった。吹田(関大前)からわざわざここまで来ていたのだから、よほどよい品を扱っているのだろう。
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のんびりとではあるが1日歩き回って、最後はお楽しみ、国立文楽劇場。午前の部から三部通して観ようかな、とも思ったのだが、その辺は食い意地に負けて夜の部だけにした。
 東京の「小劇場」と違い、大阪の国立文楽劇場は大きい。エスカレータで2階に上がる。夕食の時間がとれないので息子には劇場で売られている幕の内弁当を買ってやり、自分は公演が終わってから考えることにして上演を待つ。息子にイヤフォンガイドを借りてやろうとしたら、「わかるからいい」と断られた。座席は中央9列目。公演日直前にチケットを入手したのに、こんなにいい席が残っているなんて夢みたいである。
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契情倭荘子 蝶の道行
相思相愛だったのに、主君の身代わりで亡くなった男女が蝶になって舞う、というもの。若手の太夫さんがずらりと並ぶ。太夫さん紹介の際、拍手が少ないのが気になった。大阪のお客さんはシビアなようだ。若手の人は、いつか自分も割れんばかりの拍手を貰おう、と修行に励むのだろうか。東京のお客さんがまんべんなく拍手するのを、どう思っているだろうか(案外、もののわからん客ばっか、と馬鹿にしてるのかなぁ……)。
 前半は明るい舞台で人形の着物もきれい、在りし日の恋の思い出が表現される。非常にきれいだが、だんだん眠たくなってきた。右隣の息子は初めての文楽鑑賞で興味津々、歩き疲れているはずだが若いので全然眠くなかったそうである。ハッと気づくと後半に差し掛かるところで、きれいな着物が一転して墨模様の白装束に変わった。ここからは飛ぶのも苦しそうになり、観ているほうもつらくなる表現。居眠りしてしまったので恥ずかしく、終わったときは正直に言ってほっとした。

伊勢音頭恋寝刃
休憩時間が20分もあって有難い。息子には弁当を食べるように言って、自分は売店のコーヒーを飲みながら一服。恥ずかしながらいまだスモーカーである私には、ちゃんとした喫煙所が設けてあることに感激する。中で煙草を吸っていたのは男性ばかりで少し居づらかったが、仕方がない。次の演目では絶対に眠りたくないんだもの。
 ついでに、断られたがやっぱりきちんと内容を理解してもらおうと、息子のためにイヤフォンガイドを借りる。息子がロビーに出て来て、「ええぇ〜借りたの? 550円もかかるのに勿体ない」などと言うが無視。そのケチな息子にねだられて売店で饅頭を買わされる。1個300円って。美味しいんだろうけれど、こっちのほうが高くないか? 2個買わされて、何となく納得できない母であった。

〜古市油屋の段〜
竹本住大夫さん、野澤錦糸さんに、今度は割れんばかりの大拍手。仕方ないのかなぁ、だって全然眠くなんてならないもの。

元侍の福岡貢は現在は伊勢神宮で禰宜を務める。主がなくした銘刀「青江下坂」を入手したものの、折紙(鑑定書)がない。遊郭「油屋」の上客、岩次が持っているらしい、ということで、恋仲である油屋の女郎お紺にそれとなく岩次を探るよう頼んでいる。「古市油屋の段」は、お紺が貢のため岩次になびこうと決意するところから始まる。
 住大夫さんの熱演のおかげでお紺のいじらしい気持ちが痛いほどよくわかるのに、何じゃい貢はっ! ホント、男って昔も今も変わらないわねぇなどと思いながら舞台に集中しようとすると、隣で息子がゲラゲラ笑っている。お鹿が貢に扇子で叩かれるシーンなどは弾けるように笑っていた。
 後で「何笑ってたの」と訊いたら、「イヤフォンガイド、お福の頭の説明とかさぁ〜。それに万野のことを“本当に嫌なババァなんです”とか言うんだもん」。なるほど、解説も東京とは違うらしい。「それに喜助が見てるのに全然気づかずに岩次が刀をすり替えたりして……貢は鈍いしさぁ」。いろいろとウケる要素があったようである。
 お紺が自分を見限って岩次に乗り換えたと勘違いしている貢に、情け容赦なく追い打ちをかける遣手・万野のすさまじさ。貢に向かって「斬れるものなら斬ってみろ」と煽る場面は客席も爆笑である。さすがに吉田蓑助さん、動きのキレは抜群。住大夫さんもよくまぁこれほど憎々し気に語れるものだと感服した。

〜奥庭十人斬りの段〜
ここからは豊竹咲大夫さん、鶴澤燕三さんに交替である。喜助の機転で正しく下坂を持って帰ったのに、中身を見もせず貢が血相を変えて油屋に欠け戻って来る。さぁ〜ここからが惨劇の始まり始まり。どんな演出なのか全然知らなかったので、腰が抜けるほど驚いた。隣では息子も飛び上がった。こ、これは……。貢が髪振り乱し、血まみれになって、刀をかざしつつ進んでいく様は、血も凍る迫力である。
 見終わった後、息子が、最初は貢の額にも血がついていた、と言うのだが、コンタクトレンズを入れていても目が悪い私にはそこまで見えなかった。終わりのほうではそんなものはなかったと思う。いずれにせよ、最初は一筋だった返り血がどんどん増えるなど、芸が恐ろしく細かかったのは間違いない。

「あ〜〜面白かった。また観たい」。せっかく大阪まで来て、もし「つまらない」と言われたら親もがっかりだなーと思っていたのだが、我が子の口からこういう言葉が出てきて、ことのほか嬉しかった。東京での公演は、一緒に観に行く人が決まっているので連れて行ったことがなかったが(9月のチケットもすでにゲット)、今度は日を改めて連れて行ってやろうかな、などと思った次第である。

そんなこんなで日が暮れて、大阪第2日はおしまい。夕食を食べ損なった母は、谷町九丁目の地下にある「成城石井」(東京のスーパーじゃん!)でますの寿司(富山じゃん!)を買ってホテルの部屋で食べたのだった(勿論、息子に半分持って行かれた……)。
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by slycat | 2007-08-05 23:28 | 旅行