ミステリ・テニス・ハムスター・モルモットについてあれこれと……
by slycat
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カテゴリ:日常のこと( 112 )

パンを焼く

地震の翌日から、近所の食料品店、スーパーなどで買い占めが始まった。我が家ではちょうど米が切れてしまったのだが、買おうと思って出かけたら店から消えていた。仕方なく適当にネットで米を注文したのだが、届いた米は精米から4ヵ月が経過しており、保管の状態も悪かったらしく、とても食べられる代物ではなかった。寒天を入れたり蜂蜜を入れたりして炊いてみたが、炊く途中の臭いもひどい。慌てて信頼のおけないところで買ったのは馬鹿だった、と反省してみたものの、何とかしなければならない。

米は別に探して、お米農家が直接売ってくれるところから買うことにしたが、それが届くまでの間、12年ぶりに自分でパンを焼くことにした。以前は主にフォカッチャなどイタリアのパンを焼いていたが、そのうち飽きてしまい全然作っていなかった。今はインターネットで懇切丁寧に作り方を解説してくださる方がたくさんいらっしゃるので大いに助かる。

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これは某サイトで紹介されていたコッペパンの材料を丸めて、ふだんラザニアや肉・野菜の重ね焼きなどに使っている深めのバットに入れて焼いたもの。強力粉200グラムに対して薄力粉50グラム、砂糖、塩、ドライイースト、牛乳を使う。サイトではこの材料にマーガリンを加えるが、バターにしてみた。
「作品」としては3作目。最初はレシピどおりコッペパンを作ったが二次発酵が十分でなく、冷めると硬くなってしまった(温めると食べられた)。次には別のレシピで白パンを作り、これはまあまあの出来だった。

我が家にはもちろんパン焼き機などはないがオーブンがあるので発酵させるのは楽であるが、パン種を捏ねるのは大変だ。ふだん全然運動をしていないので翌日両腕に筋肉痛を感じた。しかし、始めると楽しくなり結構喜んで作った。それに形は悪いが、それなりのものができることにも満足を感じた。自己満足ではあるけれど……。

パンを作るコツは、しっかり二次発酵させ、十分膨らませてから焼くことと、焼く前に霧吹きで湿り気を与えることだと思う。1キログラム入りの強力粉を買えば4〜5回はパンを焼けるのでそれなりに経済的でもあり、今回をきっかけに料理も少し見直して、なるべく自分で何とかするようにしようと思う。
 
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by slycat | 2011-03-24 18:19 | 日常のこと

自宅勤務命令

月曜日から、希望者は自宅勤務OKになっていたのだが、今日から全社自宅勤務のお達しが出た。無理矢理出社させて何かあったら却って補償が面倒だという判断ではないかと思う。私が住んでいる地域は私鉄が動いており地下鉄も利用でき、計画停電の予定もないので、出社しても構わないのであるが、来るなと言われているのに行くのもどうかと思われ、今日は朝から家でメールチェック。海外からお見舞いメールが次々と入ってきているのが非常に心強く有り難い……そのたびに苦手な英語で返信するのは少々辛いけど。

海外の人たちは意外なほど日本の惨状についてよく知っているようだ。静岡に友人がいるというフィラデルフィアの同僚(米国人)は「あなたのところは計画停電大丈夫?」などと訊いてくる。静岡の人は19時から22時まで停電だったというのに震度4の地震にまで見舞われ、非常に怖かったと言っていたそうだ。震度4ならばそれほど心配いらないけれど、真っ暗で怖かったでしょうねと返信した。バルセロナにいる日本人の同僚は「お悔やみ申し上げます」というメールを送ってきた。う〜ん、長いこと海外にいて日本語忘れちゃったのかな、などと思うが、気持ちはとても有り難い。

被爆を恐れて関西、九州方面に旅立つ人も多いようだ。昨日、一昨日出社した際には、旅行用鞄を下げた人、キャリーケースをガラガラと引きずって歩く人を多く見かけた。会社に行くと、子供だけでも実家に行かせたほうがよいのではと話す人がいた。我が家の場合、西には親戚がいないのでどこへも逃げられない。原発にもしものことがあれば、覚悟するしかない。
 家にいるなら、やはり少しは備蓄しておいたほうがいいかな、とも思ったのだが、なんせスーパーの棚は空っぽだ。たまたま米が切れそうなので買いに行ったが餅米しかなかった。仕方なくネットで注文したらあっさり買えたのでよかったものの。みんな静かではあるがパニックに陥っている。

しかし家にいても仕事どころじゃない。規模が小さいとはいえしょっちゅう地震で揺れるし、テレビではひたすら放射能の恐ろしさについて語っているし、心の休まるときがない。自宅勤務も楽ではない。……因みに夫の会社では、災害時であるため「定時」で帰ってもよい、という「許可」が出ているそうだ。会社によって対応もまちまちである。
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by slycat | 2011-03-16 14:14 | 日常のこと

帰宅困難者と呼ばれて……

この土日はテレビをつけっ放し。ずっとニュースを見ている。たまにCNNのワールドリポートにチャンネルを替えては、世界のメディアが日本の災害をどのように見ているかもチェック。被災した方々が早く安心できることを、そして安否不明の方々が早く発見され家族と再会できることを願ってやまない。

3月11日金曜日。水曜日に会社で使っているPCが壊れてしまい、渡された代替機がこれまた使い物にならず2日間もまともに仕事ができなかったため、IT担当者と険悪な会話を交わした後、13時を少し回った頃昼食をとるため外へ出た。14時過ぎに職場に戻り、歯を磨いてから机の前に座った。同僚が会社のキャビネットに残っていた古いPCを引っ張り出してきてくれたので、とりあえずwebメールでメールチェックしようとしていた、そんなときに地震は起こった。

左隣に座っている上司が「大丈夫、大丈夫」とチームの皆を落ち着かせようとする(因みに彼の実家は新潟の大地震で半壊したそうだ)が、揺れが激しくなるにつれ、自宅に1人でいるはずの子供を思って大声を上げる人が出るなどフロアは小パニックに陥った(こういう一大事にどんな行動をとるかで他人への評価が変わってくることと思うが、上司は偉かった。「揺れが治まったら回線が混雑してかからなくなるから、揺れている間に自宅に電話したほうがいい」と勧め、自分で彼女の自宅に電話して受話器を渡してあげた)。
 オフィスがビルの9Fなので余計に揺れたのかもしれないが、今回の地震は本当に怖かった。椅子に座っていてもじっとしていることができず、机の上にしっかり手を置いて自分の身体を固定しなければならなかった。周囲のキャビネットはすべて扉付きだったので物が飛んでくることはなかったが、自分の机に重ねてあった書類や書籍はがたがたと崩れ落ちた。
 やっと揺れが治まったかと思ったら、今度はビルの館内放送が「火事です」。一瞬皆凍り付く。しばらくの後、スプリンクラーの誤作動で火災ではなかったことが判明したが、とにかくビルの外に出ることになった。9Fから下へ階段で下りる際、ほかの階をちらっと見ると、天井板が落ちている。やっぱり古いビルは怖いな、下の階であればあるほどヤバいな、と思いながら下りて行く。

その後総務・人事部の指示で皇居近くの和気清真呂像前まで歩く。1時間ほど寒空の下でうろうろしていたが、上層部の決定があり社員は順次帰宅してよいことになった。いったん会社に戻り(9Fまでの階段がキツかった!)、同じ方向に帰る社員たちと一緒に再び下へ。ふだんなら1Fのタクシー乗り場にタクシーが2、3台待っているのだが、災害時には1台もいない。
 日比谷まで歩いてタクシーを探すという千葉方面のグループと別れ、3人で九段方面に歩く。途中、天井が落ちてきて死者の出た九段会館を横目に見ながら武道館を通り過ぎ、四谷見附まで小1時間ほど歩いたところで、一緒にいた同僚が突然走り出した。市ヶ谷の会社に戻ろうとしていた人たちが渋滞に音を上げてタクシーを降りたのをめざとく見つけたのだった。馴れない長時間の徒歩に膝がガクガクいっており、寒さも厳しくなってきた折りのことだったので、タクシーに乗れたのはまさに奇跡だった。

しかし、渋滞は予想以上に凄かった。四谷から東新宿方面に出て早稲田、落合を目指したが、小滝橋通りに行き着くまでに5時間かかった。途中トイレを借りるため代わる代わる沿道のコンビニに走ったが、用を済ませて戻っても置き去りにされることはなかった。
 タクシーの運転手さんは知的な雰囲気の人で、安心して乗っていられた。いろいろ話をしながら走ったが、お嬢さんと連絡が通じないのを気にしていた。私の携帯はauで、通話こそできなかったがPCのメールアドレスとは連絡が取れたので助手席でちょくちょくメールチェック(自動受信ができず“新着メール確認”で受信していた)をしていたが、彼の携帯はDoCoMoで、ずっと「圏外」になっていると言う。ソフトバンクの携帯メールにはとうとう送信できなかった。因みに、タクシーの中から、公衆電話の前に列ができているのをよく見かけたが、固定電話もIP電話のほうが通じやすかったということだ。

6時間半かけてようやく自宅に辿り着いた。小平、吉祥寺に向かう同僚に別れを告げ、マンションの階段を上って家に入る。1人で家にいた息子がある程度片付けてくれていたので、思ったほど家の中はぐちゃぐちゃになっていなかった。モルモットのカゴも無事だった。
 同じ千代田区に勤めている夫は徒歩で帰ったのだが、タクシーに乗れた私よりも先に家に着いていたのは笑えた。3時間くらいで帰宅できたそうだ。よくよく考えれば勤務先が近いのだから一緒に歩いて帰ればよかったのだが、全く念頭に浮かばなかった。20年以上結婚しているのに、災害時の家庭内ガイドラインというものがなかったのである。

東京に住んでいると、いつか関東大地震が来るのではないか、そうなったらどうしようか、と心の底で常に思っている。思っているのだが、実際に来たらどうするかについてはあまり深く考えない、いや考えたくない。しかし今回の地震で、そんな甘いことじゃいかん、と思い知らされた。
 いろいろ知らないこともあった。息子が「ガスが止まっている」と言うので、ずっとそうなのだと思い込んでいたら、何のことはない、安全装置が働いて止まっていただけで、解除したらあっさりガスを使うことができた。東京ガスに電話しようとしてつながらず、HPを見てみたらちゃんと地震の際に安全装置が働くことが書かれており、解除方法も掲載されていた。

しかし、自分が「帰宅困難者」「帰宅難民」になるとは……。夢にも思っていなかった。幸い無事帰宅できたが、帰れずにさいたまスーパーアリーナやパシフィコ横浜などで夜を明かした人たちは、さぞ寒く、大変だったことと思う。

災害はいつ起こるかわからない。その時のために、もう一度家族内のルールを決めておかなければ……。もちろん、こんなことはもう二度と起こって欲しくないのだが。
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by slycat | 2011-03-13 17:17 | 日常のこと

20年ぶりに島の外へ……

今月末から来月始めにかけて9日間ほどアメリカに行くことになった。“もちろん”観光ではない、出張である。自慢じゃないが、私は海外といえば返還前の香港しか行ったことがない(その代わり3回行っているが……)。いきなりアメリカとはハードルが高すぎるのではないか。

行き先はサンフランシスコのダウンタウンである。現地でスペインの同僚・上司と合流することになっているが、彼らより先に着いていなければならない。しかも2日も前に。その間私はひとりぼっち。こんな厳しい話があっていいの?

会社の人たちに訊いたところでは、サンフランシスコはアメリカ国内でも治安のよい街で、そんなに広くないし、とても快適なのだという。昔テレビで見たキャンディス・バーゲン主演の映画では、ヒロインがニューヨークでタクシーを拾うと、おのぼりさんだと見た運転手が同じ場所をぐるぐる回って倍の料金をせしめる、などという場面があった。「タクシーは怖い」と言うと、会社の人は笑いながら、空港からであればタクシーは全然怖くない、ちゃんとガードがいて監視しているから変な運転手はいないと言ってくれた。しかし「街中ではちょっと怖いかもしれない」という締めは余計だった。

とにかく恐ろしいのでサンフランシスコ観光局のHPなど見てみると、意外にしっかりしていて、治安がよいというのは本当みたいだ、とちょっと安心。しかし、続けてHPの中を探索してみると、鞄は抱きかかえたほうが無難だとか、現金は持ち歩かないほうがよいとか、やっぱり治安悪いじゃん(怒)。

それでもさらに調べてみると、クレジットカードのサービスカウンター(VISAだと日航ホテルの中にあるそうだ)では日本語対応で迷子になったときに助けてくれるとか、空港では日本語が通じるボランティアが多数いるとか、何となく安心できそうな材料が出てきた。
 私の携帯電話は海外では使えない機種なのだが、レンタルサービスがあることがわかり早速申し込んできた。会社からは別途支給される予定だが、何かあったときに私用の電話があったほうがいいし。
 ガイドブックも買った。地図を確認したら仕事で訪れる先はダウンタウンの中心部であり、美術館があるような地域で文化的な雰囲気。とりあえず変な寄り道をしたり、夜遅くに出歩いたりしなければ大丈夫じゃね?

少し落ち着くと欲が出てきて、みんなと合流する前に遊んだりお土産を買ったりできるんじゃないか、なんてことを考え出す。まだチケットが取れていないので(会社の総務に頼んである)何時に現地に着くのかもわからないのだが、朝早めに着くのであれば、アルカトラズ島のツアーなんかに行っちゃったりして(人気ツアーなので事前予約は必須だそうだ)。
 同居人のおっさんは土産について、最初は「仕事なんだから気にするな」などと言っていたくせに、Universal Picturesから出ているミイラ男映画のDVD Boxが欲しいなどと言い出した(息子はあっさりしたもので「アメリカに欲しいものなんてねぇよ」とのたまった。こやつは食い物以外には興味がないようだ)。

パスポートは10年前に無効になっていたので、新規に申請しなければならなかったが、1週間で受け取れるそうだ。有楽町のパスポートセンターに行ったら、申請する前に整理券を貰うため並ばなければならないのを知って驚いてしまったけれど、思ったよりスムーズに手続きができた。せっかく撮った証明写真は、そのうち遺影に使えるかもしれないし、結構いい機会だったかも。

あと10日間くらいで出発となるわけだが、果たして無事現地に着けるのか。そして何事もなく業務を全うして日本に帰れるのか。実はまだまだ不安いっぱいなのだが、準備万端で出かけたい。帰ってからここで旅の結果を報告できますように……。
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by slycat | 2010-05-16 22:39 | 日常のこと

裁判所に行った!

以前書いたが、在宅で請負った仕事の代金を支払ってもらえず、内容証明付きの手紙を出したり支払督促したりとジタバタしていたところ、相手方から異議の申立てがあったため、裁判になった。140万円以下の訴訟は簡易裁判所で取り扱われる。

有休をとって霞ヶ関の裁判所へ。午前11時開始とのことだったが、法廷に行ってみたら、それより前のスケジュールが立て込んでおり、傍聴人席で待つことに。

狭い法廷は柵のようなもので仕切られ、原告は左側から、被告は右側の扉から柵の中に入る。丸いテーブルの中央に裁判官が座っており、その横に司法官?だか書記官?だかが控えている。左奥にも誰かおじさんが2人ほど座っていたが、何をする人なのかはわからない。右奥には秘書のような若い女性がいて、法廷に入ると用を訊いてくれる。

民事訴訟なので、原告は何たらファイナンスだの、携帯電話会社だのが多いようだ。事故の被害者・加害者などもいたようである。テレビのドラマで見る裁判場面とは全然違う。話をするのは裁判官のみで、それも流れ作業で次々に処理していくので、裁判に出ても口を開くチャンスはほぼないと思われる。事前に提出してある「答弁書」などを基に判断され(読み上げられることもない)、「では次回は○月○日、○時からでよろしいですね?」ということで終わりになる。凄いスピードで次々と事件が処理されていくが、それでも私の番が回ってくるまでには30分以上かかった。

で……。ようやく自分の事件番号が呼ばれ、原告の椅子に座ったのだったが、被告は来なかった。答弁書も提出されていなかった。ということは「終結です」。1週間後に判決が郵送されてくるとのことで、もう法廷には来なくてよいそうだ。

証拠を求められた場合に備え、自分が納品したデータのプリントアウトだの、全メールだの、いろいろ揃え、しかも1つひとつに事件番号と担当係名を手書きし、雨の中重い書類を下げて来たのに……。狐につままれたようだ。これは「勝った」と言えるのだろうか。裁判よりも、未払金を回収するほうが難しいというような話もある。

判決が出ても、不服な場合にはまた何かしてくるのかもしれないが、そもそも支払督促に対して異議を申立てたのなら、ちゃんと公の場に出て意見を述べればいいのに。何だかまだ腹立たしい。腹をなだめるためにすぐ近くにある日比谷公園内のレストランで美味しいが高いランチを食べて帰った。

それにしても、裁判官は大変だ。待たされている間はイライラしたが、よく考えれば、裁判官はぶっ通しでず〜っとああやって事件を片付けていかなければならない。いやいや、お疲れさまです。何となく社会勉強をしたような気持ちになった、裁判体験の顛末である。
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by slycat | 2010-05-11 21:16 | 日常のこと

内憂外患

ずっと更新していなかった。何しろいろいろあって、とても書くどころではなかったのである。

まず昨年暮れに上司がクビになってしまった。部署の売上が前年並みどころか、がっくりと落ち込んだために責任を取らされたのである。したがって部署内は滅茶滅茶。引き継ぎだのお客さんへの挨拶だのと忙しかった。不運な上司は営業職だったため、彼の穴を埋めるため営業ではない私も引っ張り出され、馴れないプレゼンに駆り出される始末である。しかも相手が外資なので英語で、だって。全く手に余る。
 もう1つ、陰口は言いたくないが、半年前に入社した営業がどうにも使えない男で、毎日イライラの連続だ。1日12時間以上会社にいるのに、見積書も作れない。そもそも、営業の人が常に机の前にいるって、オイオイ……。彼がまだ若いのであれば仕方がないなとも思うが、もう40歳。今までどういう働き方をしてきたんだろう。会社のシステムにも問題があり、私がいくら頑張っても営業職ではないので評価の対象にはならず、もし案件が取れたら彼の売上ということになるのだがなぜ「私が」彼の妻子を養わなければならないの? うちの部署はチームが団結することが絶対に必要なのだが、モティベーションは下がる一方だ。

次に、息子の学費と思って請負った内職の発注元が経営困難に陥り、年末に入ってくるとアテにしていた報酬がいまだ未払いのまま。「少額訴訟」にするか「支払督促」にするか迷った末、支払督促を選んで簡易裁判所に書類を送った。現在相手の異議申立てを待つ期間にある。異議を申し立てられたら裁判に移行するけれど、一体どうなるやら。
 もしスルーされたら今度は仮執行宣言とかいうものの手続きをしなければならない。しかし、ちょっと書類を作るだけでも大変なのだ。支払督促の書類を作るのに2週間くらいかかってしまった。また似たようなことをするかと思うだけでも気が重い。
 ただひとつ発見があった。裁判所の担当者というのは、とても親切な人たちばかりだということだ。世に多くあるカスタマーセンターなどとは大違いで電話をたらい回しされることはない。電話に出たその人が実に丁寧に教えてくれる(つまり、常に専門家が電話に出てくれるのだ)。もちろん裁判所というところは電話相談は受け付けていないのだが、1つ2つ質問するくらいであればきちんと回答してくれる。もし私と似たような経験をしている人がいたら、迷わず裁判所に行くべきだと思う。

そして悩みの極めつけは、我がドラ息子の受験だ。一応センター入試も含めて試験を受けてみたが、ことごとく不合格という結果だった。まぁそりゃ〜そうでしょ、勉強してないもんね。だが自分だって親に迷惑をかけながら大学に行かせてもらったのだ、親がしてくれたことは、自分も子に対してやってやらなければならない。その連続が人間の歴史というものだろう。
 しかし頭にくるのは、受験料の高さ。私が受験した頃は私立大の受験料が2万円で、それでも高いと思ったけれど、今は35,000円である。いくつか受けるだけで家計を直撃する。しかも不合格ときた日には、汗水たらして働いたお金をドブに捨てるようなものである。

有り難いことに、こんな毎日でも感動の種はある。エナンの復帰をはじめ、文楽初春公演、同じく2月公演、現在バンクーバーで行われているオリンピックでの選手達の活躍、久しぶりに読んだ宮部みゆきの小説『楽園』……今月23日には桐竹勘十郎プロデュース『KANJURO〜人形の世界』を観に行くことになっており、逃げ出したい気持ちにストップをかけてくれるものが(探せば)いっぱいある。

今は季節と同じく冬なんだろう。春の訪れとともに、いやなことが全部解決してくれますように。
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by slycat | 2010-02-20 23:18 | 日常のこと

親孝行、何をすれば

父が勲章を貰った。70歳過ぎれば誰でも貰えるんだと両親は言っていたが、そんなものなのだろうか。叙勲のため前日赤坂のホテルに泊まることにしたから、夕食でも一緒に食べないかと母に誘われ、のこのこ出かけたのが13日のこと。

両親は千葉に住んでいるので、会おうと思えばいつでも会えるのだが、母とは5年以上、父とは8年近く顔を合わせていない。会社の友人(13歳年下)にそう話すと、「へえぇ、格好いい」と言われたが、格好いいんだか悪いんだか。
 普通の人はお盆やお正月に実家に帰るのだろうが、何しろ、実家と言っても一度も暮らしたことがない家で自分の部屋があるわけでなし、幼馴染みがいるわけでもなし、土地勘もない。しかも最寄駅には車で迎えに来てもらわなければならない。息子だけは夏休みに遊びに行かせていたが、それも高校に入学してからは何となく足が遠のいていた。

しかし「今のうちに思い出作りをしようかなと思って」と言われれば、出かけないわけにもいかない。夕方6時に会席料理の店を予約したということだった。予定では少し早めに会っていろいろ積もる話をするはずだったが、両親はホテルに着いたらいろいろと用事に追われ、結局6時半頃両親と顔を合わせた。

何年ぶりかで顔を見た両親は老いていた。第三者的に見れば2人とも結構若々しいのだが、以前と比べれば明らかに感じが変わっていた。不肖の娘はどうしてよいのかわからない。昨年入社した会社がちゃんとしたところだと安心させてやりたかったが、渡そうと思っていた名刺を忘れてきてしまったので、たまたま鞄に入れてあった社員証を見せたりする(ほかに証拠がなかった……)。

父は少々耳が遠いので、何かというと母が通訳を買ってでるが、それがかえって父の機嫌を損ねているのではないかとハラハラする。息子はといえば話しかけられても「はぁ、そうです……」などといつになく口数が少なく、全く頼りにならない。
 おまけに料理が途切れてなかなか運ばれてこなくなったものだから、父が店の人に何度も文句を言う。先日観た映画『グラン・トリノ』のイーストウッドが思い出される。そういえば子供の頃、せっかくの家族旅行なのに父に叱られて気まずい思いをしたことが何度もあったっけ(だが、私自身、飲食店のサービスがよくないと苛々してしまい、息子に「恥ずかしい」と言われる)。

食事が済んで店を出ると、父が「大したことなかったな」などと話しかけるが、「そうだね」と言うわけにもいかないではないか。「そんなことないよ、私たちじゃなかなか行けない高級なお店だもの」などと答えてみる。
 両親が泊まる部屋を見せてもらい、せっかくだからと写真を撮ったりしているうちに9時近くになってしまう。あまり遅くまでお邪魔しても、と帰ることにすると、母がエレベータの前まで送ってくれた。もっと話をしたかったのだと思う。

しかし何をすれば親が喜ぶのか、40過ぎてもさっぱりわからない。電話するとか手紙を書くとか、それだけではやっぱり足りないだろうか……。こんな顔でも見せれば喜んでくれる、というのであれば、もっと頻繁に見せなければいけないな。今更ながら親孝行とは何なのかに悩み、いつか来るであろう別れが現実的になってきたことに怯えている。
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by slycat | 2009-05-15 01:46 | 日常のこと

3連休、だけど出張中!

大阪に来ている。

ホテルを予約しようとしたのが1週間前のことだったが、連休だというだけでどこも満室になっているとは予想していなかった。甘かった。やっと見つけた宿泊先は、ホテルというよりはワンルームのアパートみたいな部屋である。3連泊だが、その間掃除もしてもらえない。タオルその他も自分でフロントに行って「ください」と言わなければならないのである。しかし焦って空室検索していたら、1泊1,300円なんていう部屋もあったのだ。一体どんな「ホテル」なのだろう……。怖いから深追いはしないでおこう。

まぁいい、おかげで振り替え休日を4月の初めに取ることができるんだから。その休日を利用して、結局再び大阪へ舞い戻ることになるのだけれど、次は文楽だもん。ホテルもそれなりにいいホテル、春休み中の息子と2人で羽を伸ばそう。

出張の楽しみといえば、その土地の食べ物。しかし仕事の場の周囲にはろくなところがない。仕方がないので、遠出してみた。大阪中央公会堂にあるレストランである。
 行ってみて、席に案内されたら、何だか見覚えのある風景。おそらくNHKの朝ドラ「ちりとてちん」でヒロインが好きな人と一緒にオムライスを食べたところだと思う。私もオムライスを注文(だって一番安いメニューなんだもの)。

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会社のほうは相変わらず、不正をしている人の問題で荒れている。当の本人は何も知らされていないので平気の平左だが、周囲の人間はストレスで次々と体調を崩しており、雰囲気は最悪だ。そんな中での出張、しかも実りのない案件なので虚しさが募る一方ではあるが、丁寧に作られたオムライスはおいしかった。半熟のオムレツをチキンライスの上に広げるタイプのものもあるが、ここのはライスをきちんとくるんである。見た目も上品だ。

東京に帰るのは日曜日。あと2日、我慢、我慢。
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by slycat | 2009-03-20 23:25 | 日常のこと

謹賀新年

また新しい年を迎えることができた。時が経つスピードに追いつくのがひと苦労だが、とりあえず平和でよかった。いろいろと心配は絶えないものの、ちゃんと屋根の下でお雑煮を食べることができたのは幸せなことだ。

今年も新井薬師に初詣に出かけた。昨年、ここのお地蔵様にお願いして就職できたので、お礼も兼ねてのお詣りである。家を出るのがいつも夕方になってしまうのは相変わらずだが、お寺は待っていてくれた。

本来なら12月30日まで出社の予定だったのだが、12月半ばに土日返上で働いたおかげで振替休日を使うことができ、社会人になって初めて9日間という長い冬休みが取れた。休みが長くなっても結局何もせずダラダラと過ごしてしまったのは勿体なかったかもしれないけれど、昨今は何もしないことこそが一番の贅沢と思うようになって、あまり後悔もしていない。

今年はどんな年になるんだろう。高3になる息子には毎日ガミガミ小言を言わざるを得ないだろうし、今は元気なハムスター4匹も今年中に天寿を全うするはずだ。仕事ではますます厳しい状況に置かれるだろうし、鏡を見るたびにシワだのシミだのに溜息をつくことになるだろう。楽しいことばかりは期待できない。

まぁ、でも。なるべく腹を立てず、なるべくよいことだけに目を向けて、のほほんとしていれば……。

新年おめでとうございます。

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by slycat | 2009-01-04 12:07 | 日常のこと

よくあること?

10月に転職して新しい会社に勤めるようになったことは先日書いた。就職活動をしていた会社が現在の会社に買収され、結果的にはそれなりに大人数の社員を抱える企業の一員となったのだが、もともと入りたかった会社はヨーロッパに本社があって日本支社には数人しかいないという規模だった。

会社をブランドで選ぶつもりはなかったし、学歴も大したことはないので、小規模の会社であっても自分の好きな仕事ができればOK。幸い買収されても自分の業務内容はほぼ変わらず、福利厚生が充実しただけ運がよかったかなぁと思っていた。

しかし少人数で会社を運営するとなると、社員一人ひとりが自分の裁量で行動し売上を伸ばすことを要求される。会社の繁栄を自分の幸福と捉えられれば何も問題は起こらないのだろうが、このような状況に置かれたとき、自分の幸福を最大の目的と考え、背任行為を行う者が出てくることもありうる。入りたかったもとの小さな会社には、そんな人がいたのだった。

先日書いた「いじめ」もどき事件、その「犯人」と思われる人物がそういうタイプだったようだ。ペーパーカンパニーを作ってそこを外注先とし、法外とも思える価格で業務を発注、差額あるいは全額を自分の懐に入れていたらしい。
 あまりにも高額な経費に不審感を抱いた社員の一人が、その人物のノートPCの中身をハードディスクにコピーして調べてみたところ、怪しいデータがいくつも出てきた。会社の経費で取材に行った渡航費などを個人で立て替えたかのように経費に計上し、確定申告しているらしいこともわかった。

このことは上司に報告され、本社の弁護士が本件を調査するまでに至った。現在の会社に吸収された社員たちは、これでようやく積年の恨み(?)が晴れると喜んだ。

しかし……。会社が買収されたのは2007年のこと。ノートPCから出てきたデータはそれ以前のものばかり。現在もその人物が背任行為を続けているという証拠が見当たらない。依然として驚くほど高額の経費を使って好き勝手しているのは事実だが、ペーパーカンパニーとその人との関係を裏付ける確固たる証拠がなければ、クビにするのは難しい。訴訟になれば労働者が勝つだろう、というのがトップの判断であるらしい。

その人が刑事告訴されることを望んでいるわけでは全然なく、単純に名刺ファイルを盗んだり、口汚い言葉で同僚をののしったり、自分の都合でスケジュールを無視して他人に迷惑をかけていることが許せないだけ。その人がいなくなれば気持ちは楽になるが、その人の人生まで奪おうと思っているわけではない。

だが、このような「犯罪者体質」の人物とともに、ニコニコと仕事を続けられるものなのか。私には自信がない。

半月前、上司が同じ部署の社員を集めて、「彼女を解雇する方向で話が進んでいる」と内々に報告した。その後、その人はアメリカに取材に行き1週間留守にしたが、日本に帰ってきても一向にカタがつかない。結局証拠不十分で無罪放免なのだろうか。

ほかの社員たちは寄るとさわると「一体どうなっているんだ?」と不満を露にしている。たまたまみんな喫煙者なので、ビルの1階にある喫煙所に集まっては胸の内をぶちまけている。
 一番いやなのは、「正義」が行われないことだ。40過ぎてこんな言葉を口にするのも恥ずかしいが……。PCをもっときちんと調べれば、メールのやりとりなどで「犯罪」の痕跡は必ず出てくるはずだ。個人情報の保護など法的な建前はいろいろとあるだろうが、現在の会社は社員に「高潔であれ」と説き、コンプライアンスとして掲げているんだから。社員に要求することは会社としても当然守ってもらいたい。

1月10日、日本支社の営業担当者はすべてアメリカに飛び、会議に出席する。問題の人物をその会議に出席させるのかどうか。1月5日から出社なのだが、何だか鬱々としている。
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by slycat | 2008-12-29 01:05 | 日常のこと