ミステリ・テニス・ハムスター・モルモットについてあれこれと……
by slycat
カテゴリ
全体
ハムスター
テニス
ミステリ
日常のこと
音楽
その他スポーツ
大相撲
映画
小説
ドラマ
高校受験
文楽
旅行
ウサギ
モルモット
未分類
以前の記事
2016年 08月
2016年 03月
2016年 02月
2012年 09月
2011年 07月
2011年 03月
2010年 10月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 02月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 07月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
最新のトラックバック
東レPPO 2007
from More to life
華麗なる敗者
from la mer | アンディ・..
ハムスターの飼育の基本
from ペットの飼育 ペットとの生活
矛盾だらけの大相撲
from ゆっくりゆっくり 音楽でも聴..
矛盾だらけの大相撲
from ゆっくりゆっくり 音楽でも聴..
「ナチョ・リブレ 覆面の..
from じゃがバタ~ 映画メモ
ハムちゃん夏ばてしてませ..
from ペットは犬?いやいや私はカメ..
MOTHER3プレイ開始!
from More to life
「ひよこはなぜ道を渡る」..
from 読書とジャンプ
私はこのダイエットで成功した
from 私はこのダイエットで成功した
お気に入りブログ
More to life
はむぅの宴
la mer | アンデ...
よる記。
メモ帳
ライフログ
検索
タグ
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2006年 06月 ( 22 )   > この月の画像一覧

そろそろお年頃、か?

1月5日生まれのカルロス。オパールのブライアントとイエローのきみちゃんの間に生まれた男の子だ。毛色はブルー。ブラックの遺伝子とオパールの遺伝子が出合うとブルーになるそうな。我が家ではブラックのおはぎちゃんとオパールの御影の間に生まれた「サイダー」と「ラムネ」の姉妹が初めてのブルーだった。ちなみに♂のブルーはカルロスが最初である。かつて我が家にいた「ラッキー」(♂)は赤目で、この場合は“ライラック”と呼ぶらしい。

しかしブライアントの父はノーマル(アグーチ、野生色)のチョコであり、母は同じくノーマルのココアである。チョコの両親はブラックパイド(父:クー)とアルビノ(母:ゆき)、その前はブラックパイドとオパールなので、ブラックとオパールの遺伝子はずいぶん経ってから出てきたようだ。また、ブライアントの兄弟には“サテン”の「ちびすけ」と「バース」が出現しているので、ココアはサテンの遺伝子を持っているのだろう。わかりにくいね。

今我が家にいるハムスターは、ココアときみちゃん、こはぎ(ブルー、♀)が8月に、9月にはブライアント、バース、ちびすけ、ホワイトが1歳を迎える。と言うことは、来年の秋から冬になると、哀しいことだが一時にハムスターを送ってやらなければならない。そろそろ次の世代のことを考える時期になった。
 自宅でハムスターを繁殖させるときは、何よりも母ハムとの信頼関係が大切だ。夜に電灯をつけて明るくしたり、人間が部屋をうろうろしたり、テレビの音が漏れてきたりしても気にしないで子育てのできる、どちらかと言えばアバウトなお母さんが望ましい。
 リンダはどうだろう。健康そのものなのでお母さん候補としてはぴったりだが、噛み癖があり、ちょっと神経質なところがある。子育て中でも餌やりの際にはケージに手を入れなければならないが、腹を立てて赤ん坊を傷つけたりしないだろうか。心配だ。

というわけで、カルロス、お前はどうよ? お嫁さんもらうかい? 聞いても答えてくれないカルロスだった。

上から2点カルロス、ライラックのラッキー、カルロスの祖母ココア
f0061021_0363050.jpg

f0061021_0365781.jpg

f0061021_0371399.jpg

f0061021_0372769.jpg
[PR]
by slycat | 2006-06-30 00:40 | ハムスター

まるまる

蒸し暑い私の部屋から、ハム小屋をすべて息子の涼しい部屋に移した。みんな快適なはずだ。住んでいるマンションが現在外壁修理を行っており、窓を開けることができないので、私は地獄のまっただ中で眠らなければならない。脚の傷も痛むし、踏んだり蹴ったりとはこのことである。

9匹のキャンベルたちの中で、とりわけ元気なのは女の子たちである。チョコの未亡人(?)ココアは、夜ともなるとケージの中をぐるぐる走り回っているし、リンダはまた逃亡してやろうとケージの隅のチェックに余念がない。そしてこのきみあん(きみちゃん)は、食べもしないのに人を見ればおやつをねだる。

黄色いキャンベルは根強い人気があり、私も大好きだが、なぜかあまり生まれてこない。きみちゃんは里親さんからいただいた。ちょっと気が強いかな、と思ったが、人を噛むこともない、優しい子である。チョコの息子、ブライアントとの間にリンダ、カルロスを産んでくれた。

しかし写真を撮るのは至難の業だ。いっときもじっとしていないので、餌で釣るしかない。今日は、息子に手伝わせておやつをやりながら撮影。なんだかまるまるとおいしそうである。最後は足裏のつぼを圧す棒に興味を示したところをパチリ。フラッシュを使うと目が真っ赤に写ってしまうが…。
f0061021_048685.jpg

f0061021_0484058.jpg

f0061021_049025.jpg
[PR]
by slycat | 2006-06-29 00:52 | ハムスター

痛たたた…その2

おっかなびっくり再び病院に足を運んだ。相変わらずお年寄りの患者さんが多い。なかにはかなり具合が悪そうな人もいるので、こんな傷で受診していいんだろうか、と密かに悩む。
 今日縫合するのかと思っていたら、勘違いだった。まだ傷が化膿しているので、破傷風の注射を受けに来なさい、と言われたのだ。最近、こういう勘違いが多い。ちゃんと日本語で話しているつもりなのに相手に通じず、相手の言うことを半分しか理解していない。これは年のせいなのだろうか、それとも単なる早とちり?

金曜日にまた受診しなければならないが、ひょっとしたら縫わなくてもいいかもしれない、と言われ少し明るくなった。消毒のおかげか、それなりに傷がきれいになってきたとのこと。「手術したくないですよね〜」と医師が言うので、思いっきり「はい!」といいお返事をしておいた。

しかし破傷風の注射からは逃れられなかった。ちょっと検索してみたら、昭和43年以前に生まれた人間は予防接種を受けていないので、本気で破傷風予防をするには3回ほど接種を受けなければならないそうだ。若い人たちは幼い頃にDTPとかいう混合ワクチンを接種されているからOKなんだって。真面目に働いて税金を払っているというのに、何だか損してないか、我々の世代は!
 というわけでいよいよ注射。何と筋肉注射だそうで、腕では痛いから「お尻出してください」。大ショックだった。昔は病院に行くたびに注射されていたので、6歳くらいまでは臀部への筋肉注射は何度も経験しているが、その後各地でいろいろ事故があったりして風邪をひいたくらいでは注射されなくなり(「アヒル足」になる、とか…よく覚えていないが)、30年以上ご無沙汰である。筋肉注射も、4〜5年前に胃の検査の際に打たれたのが最後。このときは腕に打たれて死ぬほど痛かった。
 怖い、怖いと思っていたが(「口を開けて(なぜ?)力を抜いてください」と言われた)、看護士さんの腕は確かだった。一瞬チクッとしただけで、あっという間に終わってしまい、案外痛くなかったので助かった。だけど、接種される姿がね…何と言うか、屈辱的な。

這々の体で逃げ出したが、筋肉注射というものは、後になって痛むものらしい。その後出勤したが、左側は傷が痛み、右側は注射の痕が痛む、と二重の苦しみを味わった。昼食をとりに入った店でも食は進まず。皿のパスタを3分の2以上残して席を立った。

早く治らないかなぁ。でも、痛いときはとても利己的になれるので、チョコとお別れした悲しみを少し忘れていたようだ。心の痛みを治すには、身体を痛めつけるのが得策……って何だか過激な対症療法である。
[PR]
by slycat | 2006-06-28 00:55 | 日常のこと

痛たたたたた

我が家は玄関を入ると短い廊下があり、右側に浴室、トイレなどのドアがある。突き当たって左側にリビングに入るドアがあり、木製のフレームの内側にガラスが入れてある。ドアの下から2番目のガラスにひびを作ってしまったのだが、業者を呼ぶのが面倒で、テープを貼ってごまかしていた。だが、毎日開け閉めしているうちに、少しずつテープが外れていたらしい。
 昨夜午前1時過ぎ、リビングに入ろうとして、飛び出ていたガラスを左太ももにぐっさり刺してしまった。何が起きたか一瞬理解できず、血がだらだら流れ始めて我に返った。息子にタオルを持って来るように頼み、とにかくガラスから逃れた。ここでようやく痛みが襲ってきた。サッカーを見ながらビールを飲んでいたので、感覚が鈍っていたのかもしれない。

今週は少し暇だったので会社を休み、この辺には外科専門の病院がないので、整形外科、内科、外科を標榜する病院に行った。リハビリをやっているところなので、お年寄りの患者が多い。待合室に入ると、ぎっくり腰なのか人の手助けがないと歩けない人がいて、順番を待つ間にも気持ちがどんどん暗くなる。
 やっと自分の番になり診察を受けると、すでに化膿しており今日は縫えない、とのこと。「どうすればよかったんですか?」と聞くと、「傷を洗ってすぐ病院に行けばよかった」と言われてしまったが、夜中の1時にどこへ行けばよいと言うの。「消毒するものが何もなかったのでオロナイン塗って絆創膏貼ったんですけど…」「オロナインがいけないんだよ、それでみんな化膿するの。何も塗らないで絆創膏だけ貼ればよかったのに」。
 知らなかった。止血法だけは、圧迫するんだとわかっていたのでタオルでずっと押さえていたんだけれど。でも結構えぐれた傷だったので怖くて洗えなかったんだもの。
 明日改めて傷を縫うことになり、びびっていると、今度は「破傷風の予防接種は受けてますよね」などと当たり前のように聞かれたが、そんなもの受けたことはない。みんな注射してるのか? 受けてないと言うと「じゃぁ、心配でしょうから注射しましょう」と言われたが、とげを刺した子供に注射したのでワクチンがないそうだ。医師は電話で取り寄せようとしたが、すぐに届かないようなので、明日、傷の縫合のときに注射、ということになった……。

縫われるだけでも怖いのに、注射だって。子供の頃からあの手この手で予防接種から逃げてきたというのに……。あぁ何て運が悪いんだ。家の中に割れたガラスが放置してあったこと自体が異常なので、刺さったのが息子でなく自分でよかった、と思わなければならないのだけれど。

朝が来るのが怖い。怖いよ〜。
[PR]
by slycat | 2006-06-27 01:05 | 日常のこと

ペットロス、かも

以前、ハムスターを亡くすときの「心構え」のようなものを偉そうに書いたのだったが、チョコを失って3日目、まだ諦められない。
 病気になってから、チョコをプラケースに移してベッドの端に置き、ずっと「一緒に」寝ていたので、眠ろうとしてそこにケースがないことに違和感を覚えている。指につけたスタミノンをペロペロ舐めてくれたチョコが、もういない。それに気づく瞬間がやり切れない。

子供の頃は小鳥をたくさん飼っていて、ハムスターの5倍長生きの生き物ではあったが、やはり寿命が尽きるときはやってくるので、亡くすたびにずいぶん泣いたものだ。息子を見ていると思い出すが、子供のときは迸るように涙が出る。
 それが、今ではそんなに涙が出ない。どうしてだろうね。加齢とコンピュータ画面の見過ぎがいけないのだろうか? 喜怒哀楽の表現方法を身体が忘れてしまったのだろうか?

人は泣くから悲しみに耐えられるのかもしれない。だんだん年をとって素直に泣けなくなってくるために、ペットロスに陥りやすくなるのかもしれない。
 こんなことでは、今生き生きと生きているほかの子たちに迷惑だ。チョコに注いでいた愛情や労力は、ほかの子たちも享受する権利がある。

怒鳴るとか、ゲラゲラ笑うとか、わんわん泣くとか、人間だけに許された感情の爆発は、実は生きていくために与えられた方便だったんだな、と思いがけず学ぶこととなった。この世に無駄なものなど何もない。
 
[PR]
by slycat | 2006-06-23 01:49 | ハムスター

在りし日の……


今年の1月7日に撮ったチョコ。散歩に出たくてアピールしている。もっと映像を残しておけばよかった。
[PR]
by slycat | 2006-06-21 14:48 | ハムスター

チョコとお別れ

明け方,チョコが死んだ。

寝る前にいつものようにおやつをやろうとしたら,床材に顔をうずめるように潜っており,何となく姿勢がおかしいので声をかけたが出てこない。無理に出そうとすると後ろ足で蹴るような仕草をする。
 ああ,駄目かと思った。掌に載せてみると,体は温かいが呼吸が途切れ途切れになっており,ときどき「クッ」というような音が漏れる。泣かないつもりだったが,発症してから1ヵ月頑張る姿を見てきたので我慢できなかった。

苦しいのか,チョコは目を大きく見開いている。餌入れの餌は全部頬袋に詰めていた。ずっと撫でていたら,いやだったのか右後ろ足で掻き出した。結構なスピードだったので元気が出たかと勘違いしたほど。申し訳ない。

念のためビタミンを口許にもっていったが,飲む力は残っていなかったので,ベッドに連れて行き,添い寝の格好でずっと見ていた。しばらくして,4本の脚で空を切るようにしたかと思うと,その脚がすーっと下がっていき,チョコは逝った。病気で体力を奪われたことが,チョコの命を縮めたのだろう。チョコは大きくてふっくらした子だったのに軽くなってしまった。

会社に行きたくなかったが,今日は朝当番だったので行かないわけにはいかなかった。仕方がないのですぐにベランダの植木鉢に埋葬した。今は会社でこれを書いている。とても仕事をする気にならないので,とにかくやることをやって早く帰ろう。

チョコは我が家で生まれて我が家で死んだ。チョコが幸せだったかどうかはわからない。でも私はチョコがいて幸せだった。1年9ヵ月を有難う。
[PR]
by slycat | 2006-06-20 09:49 | ハムスター

蒸し暑い夜

去年の夏、ある真夜中、突然バリバリバリという音とともにエアコンが逝ってしまった。16年も酷使したのだから文句は言えない、が困った。我が家にはハムスターがいるため、夏は部屋に誰もいなくてもエアコンはつけっ放しだ。ハムスターの故郷はモンゴル、シベリア、シリアの砂地だそうで、暑さ・湿気は敵なのである。

一日中エアコンをつけていると、人間のほうは毎週のように風邪をひき、外気との温度差に身体が耐えられず常に調子が悪くなり、本来なら徐々に慣れていくはずの暑さに慣れることがないので大汗をかく……といいことは全くない! しかし少なくともハムスターたちは快適だった。

人間は我慢するとして、ハムスターには我慢をさせるわけにはいかないので、ハム小屋をすべて息子の部屋に移し、親は扇風機を回して凌ぐことにした。最初はとても耐えられないと思ったが、ベッドの上にい草のマットを敷き、氷枕を愛用するうちに、だんだん眠れるようになった。ボーナスが出たらエアコンを買うつもりだったが、何となく大丈夫かも、と思っているうちに夏は過ぎ秋となり、とうとうエアコンなしで暑さを克服することができた。

冬はオイルヒーターを使った。いつか買おうと思っているうちに、また夏が巡ってきてしまった。梅雨に入り、かなり蒸してきたので、そろそろ暑さ対策を考えなければならない。ハムスターたちは敏感に反応しており、昼間覗くと陶器の餌入れにはまり込んで寝ている輩が多発している。

どうしようかなぁ。今年は息子も高校受験。夜騒ぐハムスターと同じ部屋では、はかどらない勉強にますますやる気を無くすことだろう。しかしエアコンなしの夏を乗り切る自信をつけた今となっては、また亜寒帯の生活に戻るのもためらわれる。う〜ん、だけどチョコには最後の夏になるだろうし、できるかぎり快適に過ごさせるには冷房は必須だ……。どうせ買うなら10年間フィルター掃除不要のがいいなぁ……。

悩める飼い主をよそに、何か湿気ってますよ、という顔のチョコと目が合ってしまった。やっぱり買わなきゃ駄目ですか。
f0061021_22303045.jpg

f0061021_22304659.jpg

f0061021_223124.jpg
[PR]
by slycat | 2006-06-19 22:32 | ハムスター

ハッピーエンドではないけれど

スリング・ブレイド(Sling Blade 1996年米)監督/脚本:ビリー・ボブ・ソーントン
出演:ビリー・ボブ・ソーントン、ジョン・リッター、J.T. ウォルシュ、ナタリー・キャナディ、ツーカス・ブラック、ドワイト・ヨーカム、ロバート・デュバル

嗚咽が止まらなくなる映画がある。温かい涙が溢れる映画がある。泣かせる映画にもいろいろあれど、本作は、気がつけばつーっと涙が頬を伝わっていた、そんな映画だった。

ビリー・ボブ・ソーントンという人をよく知らなかった。アンジェリーナ・ジョリーの元夫、という程度の、それもお揃いで入れ墨を入れた、など微笑ましいというかアホくさいというか、そんな知識しかなかったのに、この作品を見てみたいと思ったのは、ほかでもない、アクターズ・スタジオ・インタビューで彼を見たからだ。非常に知的でまっとうで、目がきれいで、一目惚れしてしまったといってもいい。本当はGW中に見ようと思っていたのだが、TSUTAYAの会員期限が切れてしまっていたのに気づかず(更新の期限も過ぎてます、と冷たく言い放たれた)、やっと昨日見ることができた。

興味があったのは、アクターズ・スタジオのインタビューでも出てきた、役作りと作品のテーマ。インタビュアーのジェイムズ・リプトン氏は当然、本作の役柄のために「含み綿」のような人工的な助けがあったのだろうと質問したが、ソーントンは何も使っていなかった。ふだんより青白いメイクはしているが(夜景になるとわかる)、役を演じている間、ずっとあの顔を作ってウルフマン・ジャックみたいな声を出し続けていたのである。下世話な趣味で申し訳ないが、これは見ずにはいられない。
 テーマは重い。12歳のときに母親と間男を殺して州立精神病院に収監された男が25年ぶりに社会復帰する話である。ハッピーエンドが好きなので、こういうテーマの映画には近寄らないことにしているのだが、ソーントンが熱く語るのでついつい見たくなってしまった。
 しかし、いくらテーマが素晴らしくても、映画はやはり映像第一だ。あまりに実験的であったり、あまりに監督の自己満足に終わっているようであっては困る。正直見るまでは不安だったのだが、心配は危惧に終わったようだ。

ソーントン演ずる「カール」が、長い入院生活を終え、病院を出るところから映画は始まる。荷物は数冊の本だけ。ほかに行くところもないので、生まれた町に帰ってくる。
 カールが黙々と歩く町は、素朴で美しい。道には陽炎がたっており、木々の緑は深い。何も説明はないが、ときどきカールが立ち止まるので、町が25年前とは違っているのだな、ということがよくわかる。1カ所、カールがはっきりとこちらを見る(所謂カメラ目線)のを移動で撮影しているシーンがあり(こちらを向いたままカールが右に消えていく)、ほほぅ、と新鮮な驚きがあった。余分な解説がない。音楽も控えめで映像の邪魔をしない。だがさり気ない小道具や景色が言葉より多くを語る、そんな風に映画は進んでいく。

コインラウンドリーで出会った少年フランクがカールの人生を変える。この少年が実に可愛い。出会った途端に過去人を殺した、と告げているのに、全く怖がらない。フランクのおかげで、カールは25年の間に得られなかったことを大急ぎで学び成長していく。彼が過去を克服し、故郷に帰って一度も立ち寄らなかった生家に足を向け、父親と対峙する場面は胸に迫る迫力がある。

微笑ましさと物悲しさ。南部の美しさと貧しさ。人の温かさと邪悪さ。いろいろなものを交差させながら結末まで引っ張って行くソーントンの演出力につくづく感心した。俳優としての幅の広さにも驚く。同じ日に『シンプル・プラン』(サム・ライミ監督)も見たのだが、その中で演じた「ジェイコブ」と同じ人間とは思えない。まして「特典映像」に出てきた素顔の彼とも、似ても似つかない。一体いくつの顔を持っているのだろう。

製作から10年が経って、本作に出演していたジョン・リッター、J.T.ウォルシュはすでにこの世の人ではない。残念なことがあるとすれば、そのことか…。
[PR]
by slycat | 2006-06-18 02:52 | 映画

一番怖いのは

少年少女の死
半七捕物帳(四) 岡本綺堂 春陽文庫

秋田で起こった少年殺害事件はただでさえ痛ましいのに、近所に住む女性が容疑者として連行され、ますます気持ちが暗澹としてしまう。今のところ、自分の娘が亡くなったのに、娘と仲良くしていた男の子が生き生きと過ごしているのを見て嫉妬した、ということになっているが実際のところはわからない。

この事件と似ているな、と思うのが、『半七捕物帳』に収められている「少年少女の死」である。語り手(綺堂)が元岡っ引きの半七老人に昔の手柄話を聞く、という設定でさまざまな事件が紹介される短編集であり、以前も「小女郎狐」について触れたことがある。この連作を読むたび、犯罪というのは今も昔も変わらないな、と思う。一応フィクションなのだが…。

「少年少女の死」では子供が犠牲となった2つの事件が描かれる。東京で自転車に乗る人が増え、家の前で小さな女の子が自転車に轢かれた、と半七が言い、しかしいくら自転車を取り締まっても一番怖いのは人間、と語り出すところから始まる。
 秋田のケースに似ているのは、最初の事件。外神田の田原屋という貸席で踊りの師匠がおさらい会を開いた。弟子が多いうえに見物客や弟子の親兄弟で大賑わいとなった中、踊り子の一人、9歳の「おてい」が行方不明となる。その子がいないと次の演し物の幕を開けることができないため、皆で手分けして探すが、見つからない。一時は神隠しではないかと思われた少女は、田原屋の縁の下から亡骸となって発見される。
 少女の頸部に巻き付いていた手拭を手がかりに半七が捕らえた犯人は、少女とは縁もゆかりもない者だった。動機らしき動機は特にない。「ああ可愛らしい子だとつくづく見惚れているうちに、……、なんだか急にむらむらっとなって、おていをそっと庭先に呼び出して、不意に絞め殺してしまったんです」。敢えて言えば動機は嫉妬、自分には許されない幸せを目の前にしたときの、咄嗟の行動だった。

秋田の事件は毎日のようにニュースで取り上げられ、「動機不明」「不可解」「鬼母」などのキーワードで一括りにされているが、本作を読んで思うのは、こういう事件は特に現代社会のひずみが生んだものではなく、もともと人間が心の奥底にもっている暗い思いが引き起こすのではなかろうか、ということだ。たとえ22世紀になっても、不幸な人間があるかぎり、不幸な事件は起こりうる。

災難はいくら避けても追っかけて来る、一番怖いのは人間。半七の言葉は、彼の時代から100年経ってもなお、ずっしりと重く、私たちに迫るのである。f0061021_1124391.jpg
[PR]
by slycat | 2006-06-15 01:14 | ミステリ