ミステリ・テニス・ハムスター・モルモットについてあれこれと……
by slycat
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<   2007年 03月 ( 13 )   > この月の画像一覧

番狂わせ?

ロディックが対マレー戦でリタイヤ。慌ててCNNの「ワールド・スポーツ・ニュース」にチャンネルを合わせると、ちょうどテニスのニュースが始まるところ(大体サッカーのニュースが先で、テニスは後半なんだよね)。「マスターズ・シリーズ・マイアミ、今回は番狂わせの大会となりました」という同時通訳の声とともに、ナダルがジョコヴィッチに敗退した、という結果が流れた。
 ナダルよ、お前もか、というよりは、ジョコヴィッチ、よくやった!というほうがいいかもしれない。インディアン・ウェルズ、ファイナルセットでの追い上げを見ていて感じた印象…試合中にぐんぐん成長を遂げた…は間違っていなかった、というところか。

もう1つの準々決勝では、前回怪我をしていたマレー相手で楽勝か、なんて思われたロディックのほうが途中棄権。しきりに左太腿の付け根あたりを気にしていた。
 目の上のたんこぶたるフェデラーがおらず、ロディックには凄いチャンスだったはずなのだが、全くもって残念無念。2003年にAIG OPENに出場できなかったときも、確かハムストリングの故障だったので、また同じところを傷めたのではないか、それが気になる。
 ちなみにこの年のAIG OPEN、もうひとりのビッグ・サーバー、フィリポーシスも、朝起きたら頸を傷めていたとかで準々決勝を棄権、彼のサーブも見ることができなかったなぁ。

フェデラーを敗ったカニャスとロブレド、リュビチッチとチェラ、一体誰が準決勝に進んでくるのか、全然予測がつかない。
 マレーもジョコヴィッチも19歳だが、もう一方のQFに残っている選手たちで一番若いのがロブレド(1982年生まれ)。後はリュビチッチとチェラが1979年生まれ、カニャスは1977年生まれで、みんなロートル(老頭児…中国語だったんだ!)である。
 マイアミで同時開催されている大会、女子のほうは、セレナ・ウイリアムズがぶっちぎりの強さを見せる一方で大好きなエナンが残っており期待しているのだが、面白いことに、準決勝に残っている後の2人(ペイヤー、チュクヴェターゼ)は、いずれもマレー、ジョコヴィッチと同い年。これも何だか因縁めいている、というか世代交代のスピードを感じさせる。

ものを言うのは経験か、若さか。今もっている力か、未来への可能性か…。番狂わせ、なんて言葉では語りたくないマイアミ、2007年である。
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by slycat | 2007-03-30 01:05 | テニス

勝っても負けても

カニャスがフェデラーを下したニュースに驚いていたら、27日のインタビューがウェブに掲載されたので早速見てみた。

相変わらず、海外の記者というのは聞きにくいことを平気で聞くようだ。「ファイナルセット、ダブルブレイクポイントがあったのに。今日みたいな試合については何と言うの、今何を考えてるの?」という最初の質問に対して「もちろん負けたことにはがっかりしているけれど、素晴らしい試合だったし自分のプレーのレベルには満足している」と交わすフェデラーに、「ポイントではカニャスの108に対してあなたは111で勝っていたのに」「アンフォースト・エラーが54もあったのに素晴らしい試合だったと言うの?」「カニャスはほかのトップ・プレイヤーに比べて、あなたに威圧感を感じてなかったんじゃないか」とまぁ、しつこいこと、しつこいこと。よくぞキレずにいられたものだ、とフェデラーの忍耐力に感心する。

一方、カニャスのほうの記者会見では、倒した相手がフェデラーだけに、あの手この手で勝った秘訣を聞き出そうとする記者たちの試みが随所にみられた。
 「フェデラーに一度勝つのは運がよかった、と言えるかもしれないけれど、二度勝つには凄い能力が必要だよね」「控え室では何が秘訣か聞きたいと思ってる選手がいっぱいいるんじゃない?」。そしてこちらでも「フェデラー君臨の時期にツアーを離れていて、しばらく彼とプレーしていなかったから、彼に対する恐怖がないのかな?」などという失礼な質問が飛んだ。
 こういう場合、何を答えても正答というのはないのだろうが、カニャスのほうも非常に忍耐強く「勝った理由は自分でもわからない。ベストを尽くしただけ。フェデラーは今だってグランドスラムをはじめ、すべてで勝ち続けているし、No. 1プレイヤーを相手にベストのプレーをするというのはとても大変なんだ。運がよかったのだと思っているし、日々コートに立つことを楽しもうとしている」と控えめな答えを続けた。

フェデラー自身が繰り返し言っていたように、こういう負けは「起こるものだし、また起こることがある」ので、だからこそ生身の人間同士が競うスポーツというのは面白いのである。
 また「プレイヤーはみんな、僕に対して100%の力を出してくるよ。ほかのプレイヤーと闘うときよりもいいプレーをしている、と感じることがよくある」と言うフェデラーの言葉が示すとおり、偉大な選手の存在は、スポーツの質をますます高めてくれるものだ。フェデラーがビッグになればなるほど、ほかのプレイヤーも自分だって、と思って技を磨いていく。ファンにとっては願ってもない相乗効果だろう。カニャスの勝利はもちろん素晴らしいし、フェデラーの敗北にも大きな意義がある。

さて、今大会で残っている試合は、カニャス vs ロブレド、チェラ vs リュビチッチ、マレー vs ロディック、そしてジョコヴィッチ vs ナダルとなった。ああ全部見たいのに見られない。準決勝に進むのは誰だろう、そして優勝するのは……。今週末も寝不足必至である。
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by slycat | 2007-03-29 02:36 | テニス

王者敗退の驚き

大阪場所で朝青龍が初日から2敗し,それでもその後貫禄の相撲で千秋楽まで勝ち進んだのに,最後の最後,優勝決定戦で「あれれ」な負け方をしたのには驚いた。
 そして今日,マイアミで開催されているSony Ericsson Openの結果を確認したら,テニス界の朝青龍,ロジャー・フェデラーが,インディアンウェルズに続いてハードコートでまたしてもギジェルモ・カニャスに負けたことがわかった。いやぁ~びっくりである。
 26日には上機嫌でインタビューに答え,日本の錦織 圭君について(恐らく日本人記者が質問したんだろうね),「何度もコートで一緒に過ごしたけど,彼は才能あるプレイヤーだよ,もう間もなくトップ100に入ってくるんじゃないかな」なんて言ってたのに……。

一度きりならフロック,まぐれか,とも思うのだが,続くと気になる。朝青龍の場合,白鵬は十分ライバルと言っていい位置にいるし,今回は場所前に「八百長騒ぎ」があって朝青龍は心を深く傷つけられたんだから仕方がない,と思う。
 一方,カニャスには失礼だが,彼は何しろドーピングによる出場停止が解けたばかりで,しかもどちらかと言えばクレーの人なので,フェデラーに対するこの強さは何なんだ,と思う。

よく,コートやグラウンドという場所には「魔物」がいる,などと言われるが,どんな化け物が現れようとも,風邪を引いていても苦手なサーフェイスでも,試合が終わってみれば勝利を手にするのはフェデラー,というのが半ば神話化している。開幕したばかりのマスターズ・シリーズで2大会連続して決勝に進めないというのは驚きを通り越してショックである。
 試合に出られなかった悔しさと悲しみが力となってカニャスを変身させたのか,フェデラー神話が終わりに近づいているのか,今の時点では何もわからない。

それにしても,ほかの選手たちにとっては千載一遇のチャンス。ここでしっかりポイントを稼いでおかないとね。またしても王者不在となったマスターズ・シリーズ,今度は誰がトロフィーを掲げるのだろうか。
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by slycat | 2007-03-28 18:12 | テニス

茶髪はダメよ

高校の新入生説明会というものに行って来た。親子同伴が原則である。自分が高校に入学したときに、そういう類いのものに出た覚えはない(恐らく親は出席したのだろうが…)。内容は、今後3年間にかかる費用の説明、校則や卒業のための条件についての説明など、基本的なことだった。

自分が経験したことでしかものを語れないのは想像力の欠如だし、昔と今では状況が全然違うことは百も承知である、が少し言いたいことがある。

息子が入学する予定の学校では、茶髪、ピアスは禁止だそうだ。まだ生徒手帳をいただいていないので校則の詳細はわからないが、生活指導の先生が、力を込めて説明していた。
「本校は茶髪禁止です。本日、学校にいらっしゃって、部活の勧誘をしていた生徒、特に女子だと思いますが、何だ茶髪の子がいるじゃないかと思われたことでしょう。しかし、こう言っては何ですが、あの子たちはほぼ全員、進級できない子たちなのです」。

基本的には、私は茶髪反対派である。理由は簡単、日本人なら黒髪じゃろ〜! 美しいじゃないか、黒髪! ただの単細胞である。自分でも染めてない。そのうちあまりにも白髪が目立つようになったら染めるかもしれないが、父親が70過ぎても真っ黒な髪なので、家系的に一生染めなくてもいい体質かもしれない。
 ピアスも、高校生くらいならまだ穴開けなくてもいいんじゃない、くらいの反応だ。こっちのほうは、自分で4つも穴を開けているのであまり強くは言えない。いずれにせよ、この学校のダサダサな制服でピアスをしていても、相殺効果であまり目立たない。

しかし、わざわざ「校則」で縛るほどのことかねぇ、とつい茶々を入れたくなるのが本音である。はっきり言ってしまえば、古臭いし馬鹿馬鹿しい。今時茶髪にしたからって「不良」の烙印を押す根拠はどこにもない。
 本郷の東大構内を歩いてみるといい。茶髪・金髪にしている学生は、ほとんど医学生だ。将来人の命を預かることになる方々、である。地味だから真面目、という法則はない。

もっと言ってしまえば、だから駄目なんだよ、だから中退者が出るんだよ、と先生方に突っ込みたい。

ここで自分の経験になってしまうのだが、私の母校に、服装規定はなかった。入学の数年前に学園紛争があり、そのときに制服は廃止された。「標準服」というものがあったが、それでなければいけない、という規定もなかったので、身体が小さかった私は、中学のときの制服に私服を組み合わせて登校していた。近隣にあった高校の制服のほうが格好いい、という理由で、別の学校の制服を着用している生徒もいた。
 髪型も自由だった。リーゼントもいればリッチー・ブラックモア(古いね)ばりのロングパーマヘアもいた。当時は聖子ちゃんカット全盛期だったので、女の子はレイヤーヘアにパーマをかけている子が多かった。修学旅行の際などは、ひとつしかないコンセントに、「くるくるドライヤー」を持った生徒たちが行列を作ったものだ。
 1学年のうちは標準服を着ている子が多かったが、だんだん学校生活に馴れてくると、みんなジーンズにTシャツ、などという格好で登校するようになる。そこで生じるのは、先生方が自分の教え子をほかの学校の子と区別できない、という問題だ。

だから、「校章」だけはきちんと着けてね、というのが学校側からの最低限の要求だった。当時の生活指導の先生は、特にこれに厳しかった。
 彼は地学担当の教師で、いつも「海兵帽」を冠り、授業のときは日付をもとに出席番号でどんどん質問をぶつけ、答えられないと授業が終わるまでずっと立ったままでいなければならなかった。例えば3月25日であれば、5番、15番、25番、35番の子はヤバかった。必死で予習するが、思いもよらぬ問題を出されて途方に暮れる子がほとんどだった。
 その一方で、成績の評価は緩かった。中間・期末の試験結果よりも、夏休みに宿題として出すレポートの結果を重視した。課題は毎年同じ、岩波新書の『新しい地球観』を読んで内容をまとめろ、というものだった。だから、たとえ授業中に恥をかいても、みんな単位を落とすことはなかったのだ。
 彼は緑色が好きだった。当時は「タンクトップ」と呼ばれていたが、今ならキャミソール、を着ていて肩が丸出しでも(高校の校内だよ)、それが緑色で校章を着けていれば、「おぉ、なかなか似合うね」などと声をかけられた、という伝説があった。
 校章というボーダーラインを守り続けた彼は、その頑さゆえに、かえって人気絶大だった。始業式、終業式などでは、校長のスピーチの後に、生活指導担当として彼が壇上に上がり、緩みがちな生徒たちを叱咤するのが恒例であったが、校長のときには決して起こらない拍手の渦が、彼が壇上に上がるときに限って沸き起こった。もちろん、3年間を通して、私もその先生が大好きだった。厳しさの裏の温かい目に、みんな気づいていた。

私が1年生のとき、生徒会役員交替の時期に立候補したメンバーは、当時同好会だった軽音楽クラブの面々だった(後に活動が認められて「部」に昇格した)。そもそも誰も立候補しない状態はおかしい、俺たちが学校を変えてやるぜ、と名乗り出た彼らの風貌を見れば、ロングヘア(もちろんパーマでウェーヴばりばり)、ロングコートに白いロングストール、上げ底ブーツはお約束。息子が入学する学校の先生方なら茶髪でないにしろ目くじらを立てるに違いない。
 彼らは選挙で当選した。その後、会長以下メンバーが部室で煙草をすっているのが発覚し1週間の停学を喰らうなど椿事もあったが、生徒会活動には熱心に取り組み、おかげで私たちの高校生活は非常に自由で楽しいものとなった。

息子の学校は異常にピリピリしてはいないか。生徒を色眼鏡で見てはいないか。どうして茶髪だと不良なのか。校章を着けなさい、という理屈はわかっても、茶髪が駄目な理由が思い当たらない。第一、説明会のときだって、同伴している親のほとんどが茶髪なんだよ。
 禁止されればされるほど、禁を破りたくなるのが思春期の常ではないか。なぜわざわざ禁止して、生徒を煽るのだろう。禁止しなければ、基準は生徒自身が自分で考えなければならなくなり、茶髪だろうがロン毛だろうが、どんな格好をしても人目を惹くことはないのだから、誰も「不良」になど、なりたくてもなりようがない。

自由には、責任が伴うものなのだ。感じやすい年頃に自由と自由のもつ意味を知った人間は、その後も自らの責任について考え続ける。自由だったからこそ、私たちは自己主張をしようとするとき、服装や髪型以上に大事なものは何かと問い続ける。

ああクソッたれ、と思いながら、息子が入学できるのはこの学校しかない。親に言えるのはこんなことだけだ。
「いいか、ここの校則には決して正しいとは思えないところがある。だけど、たかが茶髪にピアスだ、違反するのは簡単だけど、守るのも容易い。高校といえどもひとつの社会、人がひとりで生きていけない以上、社会のルールは守るべきだし、こんなことくらい守れないお前じゃないよな。たった3年間なんだから、頑張れ!」。
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by slycat | 2007-03-25 02:38 | 日常のこと

春が来た

明日は来月息子がお世話になる高校で、入学説明会が行われることになっている。午後1時半開始なので会社を休まなければならず、肩身が狭い。
 小学校も中学校も、そして高校に入るときも、必ず「個人カード」というのに記入しなければならず、これも面倒くさい。自宅周辺の地図を書かなければならないのが億劫だ。疲れているから早く寝たいのだが、こればっかりはちゃんと書いておかなければ……。

それでも、入学させてくれる学校があったことは誠にめでたく、我が家の春がついにやってきた、と喜びもひとしおだ。学校の近くに一軒家のフレンチレストランがあるようなので、そこで昼食をとってから説明会に出よう、とせっかくなのでちゃっかり楽しむつもりである。

そして我が家のハムスター状況はぐーんと向上しつつある。以前からお願いしていた里親さんから2匹、さらに女の子が加わった。我が家のハムスターが男の子ばっかりだったので急に華やかになった。

イエローの子は、今のところチビちゃんと呼んでいる。もっといい名前を考えているのだが、なかなか思いつかない。ノーマルはベルちゃんである。2匹とも、とても小さい。どうもうまく写真が撮れないのが悔しいが、実物はもっともっと可愛い。
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by slycat | 2007-03-22 23:54 | ハムスター

誕生

先日我が家の一員となったばかりのミニ・ミィが、18日未明、ママになった。6年前に我が家にやって来たキャンベル、「おはぎちゃん」の子孫がまた新たに産まれたのだった。
 Pacific Life Open準決勝の放送を待ちながら、ベッドでうつらうつら寝ていたら、キュ、キュキュ…という声がしたので、ガバッと飛び起きた。声はミニ・ミィのケージから聞こえてくる。ああ出産なんだ、と思ったのだがどうすることもできない。ハムスターは安産と思っていたが、やっぱり苦しいのかと思うと気の毒だった。
 そもそも、ミニ・ミィ自身がまだ生まれてから2ヵ月ほどしか経っていないのに、無理矢理親にしてしまったことに罪悪感もあるのだが、男親候補のほうの高齢化が進みつつあるので、時間がなかった。ごめんねミニ・ミィ。

生物にとっては自分の遺伝子を後世に残すことこそ幸せ、というのが飼う者の言い訳である(ちょっとドーキンスにかぶれている)。
 カンガルーなどは遺伝子を確実に残すために、優先的に雌の子を産むという。雄を産んだ場合、ボスになれる雄は群れでたった1匹。雌であれば群れにいるかぎりボスの子を産めるので、自分の遺伝子は確実に次代に伝わる。カンガルーの母親は子育て中でも受精卵をもう1つ保存しておくことができるそうで、ボスの世代交替の時期が来れば、そのときに初めて雄の子を産む。
 野生動物は、かくも厳しい生き残り競争をしているわけで、それを考えれば、どんな生き物であれ、飼い主になったら遺伝子を残すお手伝いをしてやらないとね……とまるで詭弁だが、ハムスターの寿命は異常に短いので、おはぎちゃんがくれた思い出、楽しい時間を思うと、力の及ぶかぎりおはぎちゃんの家系を絶やしたくない。

残念ながら子育て中は撮影できないので写真を載せることができない。しかも巣材を増やしてやったらママ・ミィが張り切って巣作りしたので、外からは赤ちゃんたちは全然見えない。ピィピィという可愛らしい鳴き声だけが聞こえてくる。
 赤ちゃんハムの写真を上手に撮って公開しているHPやブログを見ると、羨ましいなぁと思うのだが、ママハムが神経質になっているこの時期、撮影技術のない私には撮る資格なし、と自らを戒めている。放っておいても2週間もすればみんな巣の外に出てきて走り回るだろうから、その日を楽しみに待っている。

その代わりといっては何だが、また新しく我が家に加わったニューフェイスの写真を撮った。No. 1テニス・プレイヤーのジュスティーヌ・エナンに因んで「ジュジュ」と命名。そろそろお婿さんを選ぼうと思っている。
 ジュジュは正当派キャンベルで、とても美人である。なぜかよく後足で立って上を見ていることが多いのだが、何を見ているのかは不明。我が家に来たばかりのときはちょっとピリピリしていたように見えたけれど、1週間経ってずいぶん馴れてくれた。いったん馴れてしまえば人間を全く怖がらないのがキャンベルのいいところで、餌の時間ともなれば駆けつけてくるのが可愛い。末永くよろしくね。
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by slycat | 2007-03-21 23:13 | ハムスター

Pacific Life Open決勝

R. Nadal d. N. Djokovic 6-2, 7-5

20歳のナダルがマスターズ・シリーズ決勝では初めて,年下のプレイヤーと対戦することになった。相手はセルビアのジョコヴィッチ,19歳。つい先日まで「怖るべきティーンエイジャー」だったナダルがもう追いかけられる立場になろうとは…。テニスは進化を続ける。
 ロディックとの対戦が決勝ではなく準決勝だったことは勿体なかったが,今回勝ち上がったジョコヴィッチの初々しさが光る試合となり,若い人がもつ特別なパワーというものを改めて感じることとなった。

相手がベテランだろうと若手だろうと,コイントスの際に必ず人を待たせるナダル,トスが終わると一目散にウォーミングアップに飛んでいこうとして,「おいおい撮影があるんだから」と主審に止められた。決勝馴れしているのはナダルのほうだと思うのだが,こういうところが可愛らしい。

ジョコヴィッチのサーブで始まった第1セット。緊張してしまったのか,ジョコヴィッチは本来の力を発揮できない。このまま1ポイントも取れずに試合が終わっちゃうのか?と観客も心配になったのか,盛んにジョコヴィッチに対して声援が飛ぶ。やっとポイントが取れたときの大きな拍手に顔をほころばせるジョコヴィッチ,素直でとてもいい感じ。だが調子を取り戻すことはできず,ナダルがあっさりセットを取った。

若い人が未経験の領域に直面したとき,対応できず潰れるのは仕方のないことだ。しかし一方で,大人になってしまうと経験が仇となって躊躇が生まれ,踏み出すべき一歩を踏み出しかねることも多い。がむしゃらに突き進んでいく強さは,若い人ならではのものだ。
 2セット目,ジョコヴィッチは勇気をもってコートに出た。そして非常に困難なことだったと思うのだが,初めての決勝進出,大観衆の迫力,手ごわい敵に対する恐怖を克服しようと努め,今度はナダルを振り回すことに成功したのだった。
 サーブをすんなりキープするのはジョコヴィッチになり,ナダルのサーブゲームは何度もデュースに持ち込まれ,逆にナダルのほうがブレイクポイントを握られるようになった。1セット目にことごとくミスしていたボールにしっかりラケットを合わせ,脚力のあるナダルでさえ追いつけない厳しいショットを打ち込んでいく。わずか数十分の間に自分をこんなに成長させることができるなんて…。若いって凄い。止まることなくどんどん伸びていくんだ。

第11ゲームで試合が動いた。ひたすら自分を励まし,耐えてきたジョコヴィッチにミス。そこをナダルがすかさず衝いてブレイク。6-5となっていよいよ最終ゲーム,ジョコヴィッチのボールがアウト。ナダルはいつものように地面に寝転がり,勝利を祝った。
 試合後の握手はとても爽やかだった。お互いにまばゆいばかりの笑顔で抱き合い,言葉を掛け合った。20歳と19歳の若者らしい,いい風景だった。

優勝セレモニーにはかつてのチャンピオン,“生ける伝説”ボリス・ベッカーが登場した。ジョコヴィッチは「ベッカーさんからトロフィーを受け取ることができて本当に嬉しい。母にミルクを飲ませてもらいながら,彼がウインブルドンで勝つのを見てました」などと洒落たことを言って会場を沸かせた。ナダルも頑張ってスピーチしたが,冗談を言える語学レベルまでには達していないようで,試合には勝ったものの英語ではジョコヴィッチにだいぶ差をつけられてしまった。

ナダルは試合後のインタビューで,
"It was a very great week for me. A very, very important week. And it was very important. I have eight months without any title, but I come back with big one."
と正直な気持ちを語っている。Very importantと繰り返すのがいじらしい。順風満帆に見えるナダルだが,8ヵ月の間ひとつもタイトルが取れなかったことに対して焦りや不安を感じていたようだ。欲しかったタイトルをようやく手に入れて,自信を取り戻したことだろう。ジョコヴィッチのほうも,「今年の目標だったトップ10入りを現時点で達成し,世界のトップ・プレイヤーたちに対して自分の力が通用するのだと証明できて,今後のトーナメントが楽しみだ」と語っている。

若い,才能ある2人が自分の力を信じ,望むものを手にした。まだまだ夢の途上にある2人,まだまだ伸びていきそうだ。20代の選手たちもうかうかしていられない。これはちょっと怖い,いや面白いことになってきたぞ……というマスターズ・シリーズ開幕戦だった。
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by slycat | 2007-03-19 18:21 | テニス

Pacific Life Open準決勝

R. Nadal d. A. Roddick 6-4, 6-3
N. Djokovic d. A. Murray 6-2, 6-3

王者フェデラーが喪(ドーピングによる出場停止)明けのカニャスに負けるという番狂わせが起こった2007年インディアン・ウェルズ。期待していたサフィン、ナルバンディアンはいつの間にか姿を消していたが、世界ランキングNo. 2、3の2人がしっかり準決勝に残り、もう一方の試合には19歳の新鋭がランキング・トップ10入りを賭けて勝ち進んだ。フェデラーの偉大さに対しては文句のつけようがないが、たまにこうやって負けてくれると(?)、トーナメントに張りが出て面白くなる。

第1試合
第1試合の顔合わせは何と3年ぶり。2004年のデ杯、クレーコートでの対戦だった。そのときの軍配はナダルに上がっているが、今年のロディックにはコナーズがついているし、今大会はハードコートだし、最近なかなか調子がいい。ナダルはといえば、シーズン開始当初は少し足踏みをしていたが、ここにきて本来のリズムを取り戻した感がある。どちらが勝つにせよ、盛り上がる試合になることが期待された。

主審はラース・グラフさん。コイントスの前に「試合中は私(主審)以外の誰ともコミュニケーションをとってはならない」などという注意が聞こえた。前からこんなことを言ってたかなぁ、と思っていたら、番組の途中で最近はコーチングへの監視が厳しくなっている、という説明があった。
 ロディックのサーブで始まる。いきなり225 km/h。おお、これは期待できるなと喜ぶ。あっさりキープしてナダルのサーブ・ゲーム、こちらもキープ。
 いやな予感がし始めたのは3ゲーム目、ロディックがいささか強引にネットに出てボレーを失敗したときから。焦るな、辛抱しろ、と思う。

しかしいやな感じはどんどん強まり、どこがどう悪いということもないのにナダルが有利になっていく。ロディックの1stサーブが入らない。5ゲーム目にはダブルフォルトまで。ハードコートなんだけどなぁ。ナダルが1セット先取した。
 2セット目に入っても、ロディックの努力は何だか裏目に出るように思われた。ベースラインから動けない。ネットに詰めればボレーをミス。そして苦しいときに突破口を作ってくれるはずのサーブが今ひとつ…。
 対するナダルは落ち着いていた。全豪オープンで神がかりのようなゴンザレスに敗北したときは、さすがに去年までの勢いも止まりつつあるかな、と思ったのだが、自分のペースを思い出したようだ。パッシングが面白いように決まる。

結局、ロディックの不思議な不調が最後まで続き、いつも通りのプレーをすることができたナダルが決勝に進んだ。ロディックは凄い速さで荷物をまとめ、さっさとコートを後にした。地元アメリカでの最初のマスターズ・シリーズ、勝ちたかっただろうに…。
 第2試合を控えて、偵察のつもりなのかブラッド・ギルバートが観客席にいたのが、何だか因縁めいていて印象に残った。あと1年、ロディックとギルバートのコンビが続いていたら…今どうなっていただろうか。ギルバートは今回、19歳のマレーを準決勝まで連れて来た。ついていくのが難しそうな人ではあるが、コーチとしての手腕は最高だ。別れるなんて、勿体ないことをした…とついつい思ってしまう。
 しかし逆に、ロディックには「winning ugly」はとても無理だな、とも心のどこかで思っている(マレーにも無理そうだけど)。勝つためにあれこれ策略を巡らすのは、どうもロディックには似合わない。勝つときはキッパリ力で押しまくり、負けるときはたとえ少々みっともなくても潔く負ける、これがアンディ・ロディックの魅力なのだ。昨日は何か、リズムを摑み切れないところがあったのだろう。マイアミで挽回だ。

それにしてもナダルの落ち着きは凄かった。いつも思うことながら、20歳とはとても思えない。やっぱりマヨルカ島でスローライフを礎に育ってきたのがいいんだろうか。この調子を維持できるのであれば、フェデラーといえども王者の座が安泰とは言えないかもしれない。

第2試合
さすがトップ2、3、という試合の後で見ると、正直言って拍子抜けしてしまった第2試合。マレーの試合を見たことがない夫に、「マレーは天才なんだ、テニスが新しいんだ」とさんざん吹聴したのに、出てきた彼は左足首を負傷していた。前日のハースとの試合の最中に傷めたのだという。
 速い打ち合いになったら絶対にマレーが不利なのだから、時間を稼ぐような緩いボールを打つのも一手と言えるが、それにしても何だか締まりのないプレー。ジョコヴィッチも最初はそんなマレーにお付き合いするような感じがみられたが、徐々にペースを上げ、やる気がないかのようなマレーに強いショットをお見舞いする。あっという間に1セット目が終わってしまった。新鋭同士の間に飛び散るはずの火花を見たかったのだが、戦士の片方がそういう状況になかった。

2セット目、途中でマレーがトレーナーを呼ぶ。長々と話した挙げ句、トレーナーは治療もしないで去って行ってしまった。一体何だったのか。次のコートチェンジの際にも、ベンチにトレーナーがやって来る。しかしここでも治療はなし。話をすることが治療になっているのかもしれないが、テレビで見ていてもよくわからない。「worry」という単語が耳に入った。
 解説の辻野隆三さんによれば、多分マレーは試合に出たくなかったのだろう、でもギルバートは出ろ、と言ったのだと思う、とのこと。去年モントリオールの準決勝でガスケと当たったときも、同じ左足首にサポーターを着けていた。古傷なのかもしれない。今後トップ選手としてツアーを続けるためには、今回のようなアクシデントにも対処していかなければならない、それを学ばせるために試合を棄権させなかったのだろう、とのことだった。
 しかしギルバートの「親心」がわかっているのかいないのか、マレーは何度もチラチラと客席を見ては、早くやめたい、コートから立ち去りたい、という表情を見せていた。ときどき思い出したように天才的なショットを見せてくれたので残念だが、こういう甘ったれなところを直さないと、とても第一線で活躍することはできないな、と思ってしまう。頑張れ、マレー、君は天才なんだから。

ジョコヴィッチのほうは、相手の怪我を承知しているのだからいやな感じではあったと思うが、さすがにベオグラード出身、というか、ハングリー精神においてマレーのはるか上をいっていたと思う。決勝に進んだことによって、来週発表されるランキングでは念願のトップ10入りを果たすことになった。
 決勝の相手はナダル。今日の準決勝を見たかぎりでは、ナダルの圧勝か、と思うのだが、ジョコヴィッチはハングリーに食らいついていくのだろうか…。結果が出るのは明日朝、恐らく午前6時頃。起きて見ていられるかな〜??
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by slycat | 2007-03-18 18:34 | テニス

受験はギャンブル,か…?

最後の志望校選び
ともに頑張ったつもりだったが,息子は受験した学校からことごとく不合格の結果を貰った。こんなことになるなら最初から熟慮に熟慮を重ね,絶対安全圏を受けるべきだったのだが,親にも息子にも無駄なプライドがあり目が曇った。ついに,二次または分割後期募集に賭けるのみとなってしまい,極端に少なくなった選択肢から1校を選んで最後のチャンスに臨むことになった。

しかし,選んだ学校からどの科を受けるか,これが最後の難問だった。
 ・AとBは十数人の枠があるがCは一桁
 ・過去3年間のデータでは,Bが最も倍率が高く人気がある
 ・どの科を選んでも進学率はボチボチであるが,進学先だけ見るとCがまぁまぁかな
 ・A~Cそれぞれの専門科に合わせて,学科試験の1科目だけ配点が倍になる
 二次・分割後期の学科試験は,一般入試と異なり英数国の3科目。最近は理科・社会に的を絞って勉強させていたので,かなり不利な状況である。しかしこれはどの子も同じことだろう。問題は,配点が倍になる科目で何点稼げるか…。
 次に,過去のデータをどう読むかで悩む。昨年度は,Cで8人の募集に対して8人の応募があり,全員合格している。Aもほぼ同じ,Bは募集に対して1.5倍程度が応募し,7人ほど不合格になっている。ほかの地域の学校で何十人も落ちていることを思えば大した数字でもないのだが,わずか数人の不合格者に,自分の息子が名を連ねてしまったらどうしよう,と気が気ではない。

石橋を叩いて叩き割るタイプの夫と,とにかく走って渡ってしまってから「今の橋は石橋だったのか?」と考える私と,何が何だかよくわからなくなっている息子の三者で,激しく意見が交わされた。そして最終的に,どう転んだって落ちるときは落ちるんだ,ということで,枠の少ないC科を受けることになった。

最後までがっかり
実は,私のミスで当初別の高校の二次募集を受けるつもりになっていたのだが,私が確認したデータは「平成18年度」のお知らせであり,今年の受験は「平成19年度」だということが後で判明した。普通,平成19年4月から平成20年3月までを「平成19年度」というのじゃないのかと思うのだが,たぶん,「平成19年4月に入学する者」の受験だから「19年度」ということなのだろう。東京都教育委員会の数え方はよくわからない。ホームページでは受験日の記載が誤っていたし。

急遽願書の学校名を書き換えなければならなくなったが,ここでまた学校不信を招くような担任教師の行為に驚かされた。
 「あぁまた願書を書くのか」と仕事を終えて家に帰ると,「自己PR文」の用紙は新しく貰ってきていたが,願書は前日書いたもののまま。学校名のところを修正液で消してある。
 「何これ」
 「先生がこの上から書けばいいだろうって」
 何だと~?? 入社用の履歴書であれば1字でも間違えば新たに書き直すのが常識。上手に捺印できなかっただけでも書き直す人がいるくらいなのに,最後のチャンスで絶対に合格したい学校に提出する願書に修正液~? 信じられない。
 翌日には受験校に願書を提出しなければならないので,息子に「朝起きたらすぐに中学に行って先生にもう一度願書の用紙を貰って来い,親が,非常識にもほどがあるとカンカンに怒ってると伝えなさい」と言い渡した。
 息子は翌朝中学校に走って行き新しい用紙に校長印だけ押して貰って帰ってきた。そこで慌てて必要事項を記入し,今度はそれを持って受験先の高校へ向かった。早く出たおかげで受験番号は1番,とにかくここまではOKだが,そもそもなぜ最初から「その学校は今年二次募集を実施しませんよ」と言ってくれなかったのか(教師職にありながら知らないのか?)。こちらは切羽詰っているというのに,妙にのんきに見える教師にがっかりした。

面接試験対策
さて翌日。模擬試験などを行う業者のホームページなどで一斉に二次募集・分割後期募集の応募状況速報が発表された。見てショック。倍率は軒並み上がっている。息子が受けようとしたC科は8人の枠に対して13人が応募していた。ムムム,これで確実に5人は不合格か…。
 さらにその翌日。応募の取り下げや再提出などがあり,最終的な応募状況が発表された。何と! 減るどころか増えてるじゃ~ん。誰も取り下げずさらに3人の応募があり,倍率は2倍となってしまった。A科が1.5倍くらい,B科が1.7倍くらいなのに,一番厳しいところに願書を出してしまった~!

しかしもう後戻りはできなかった。学科試験のほかに面接もあるので,とにかく面接でも稼げるだけ点を稼がなくっちゃ。幸いにも,受験先の学校にはOBが作ったサイトがあり,その中の掲示板で過去に面接で訊かれたことがいくつか載っていた。息子が推薦入試のとき訊かれた質問よりもオーソドックスであるようだ。
 ・出身校と名前
 ・最近気になるニュース
 ・なぜこの学校を選んだのか
 ・受ける科について
 ・勉強していない暇なときは何をしてるか
 ・この学校に入って何をしたいか
 ・中学校3年間で一番印象に残っている,頑張ったものはなにか
 ・部活は何をやるか、する気はあるか
 ・選んだ科を将来どう活かしたいか
これは2年前に掲載されていた例なのだが,実際に受けてみたらほとんど内容は同じだった。OB様様である。

私は(夫も)受験の際の面接というのは経験がないので,就職の面接を念頭において対策を立ててみた。余儀なく受験する学校だからといって失礼なことを言わないように,どうしてもここに入りたいよ~という気持ちを伝えることを考えた。そのために,「貴校に入学して自分の夢を叶えたい」をテーマに回答を組み立てていった。
 ある掲示板を見たら,面接官は教師なんだから,「将来の夢」ときたら「教師!!」と答えろ,と示唆されていた。面接では嘘をつきまくれ,演技しまくれ,とも書かれていたが,そんなこと,ふだんならともかく緊張している場面で,うちの息子にできるはずがない。
 だから,将来はテニスのラケットなどスポーツ用具の開発に携わりたい,という具体的な夢でいくことにした。ヒンギスがYONEXの開発担当者に「more power」と希望し,悩んだ開発者が作った新しいラケットでヒンギスがウインブルドンの最年少タイトルを取ったのは有名な話だ。そこから思いついた。
 例えば高校入学時点で「プロ野球選手になりたい」という夢は,決して変ではない。日本には高校野球の立派な伝統があるからだ。しかし,「プロテニス選手になりたい」というのはNGだ。本当にプロになろうとする子は5歳くらいから訓練を始めており,中学で軟式テニスをやっていた息子が語るには現実味が足りない。だが,誰が見ても背が低い息子が,「テニスが大好きなので,ヒンギスのような(天才だけど)小柄でパワーのない選手の役に立つのが夢です」というのは結構リアルなんじゃないだろうか。
 “将来テニスに関連した仕事に就きたい少年像”を軸に,すべての質問に答えるという作戦である。スポーツ用具の開発には理数系の知識が絶対に必要だ。だから中学での成績は決してよくはないけれど,高校では特に理数系の勉強をしっかりしたい,もちろん自分でもテニスをしたいからテニス部に入る,できることなら頑張ってチームを勝利に導くくらい頑張る……何から何までテニスに結び付けることで一貫した意思表示を心がけることにした。

この学校の面接試験はグループで行われるので,かえって物凄く緊張したそうだ。意外なことに,「将来の夢は?」の問いに対して「わかりません」と答える子が多かったという。「高校での3年間で考えたいと思います」という模範的(?)な回答もあったそうだが,具体的に答えたのはうちの息子,そして「子供が好きなので保育士になりたい」という女の子だけだった。

合格発表
3月14日正午,合格者が発表された。今日は会社の創立記念日で休みだったのだが,仕事があるので休日出勤の予定。息子も「一人で見に行く」と言うので,発表を確認したら電話するように言っておいた。
 咽喉にモノがつかえたような感覚で午前中を過ごし,いよいよ正午。携帯を握り締めていたら,12:14に鳴り出した。暗い声。「何だ,また落ちたの?」と思わず言ってしまったが,何だか続けてモゴモゴ言っている。「はっきり喋りなさい!」と一喝すると「さすがに落ちるわけないでしょ」という答え。おお,やっと合格したのか,おめでとう!などと言う。やっぱ面接作戦が利いたかな~よかった,よかった。とにかく浪人だけは免れた。

学校のレベルなどはさておき,倍率2倍で受験者の半分は不合格だったのだから,結果が合格だったからよかったものの,非常に危険な賭けだった。また3年後には大学受験が控えており,全然ゆっくりできないが,とりあえず早い時期に挫折を味わい,最後までジタバタしたことは決して無駄にはならないと思う。

あ~やれやれ,これでようやくおしまいだ! ばんざーい!
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by slycat | 2007-03-14 20:12 | 高校受験

行く者,残る者

3月3日夕方,高校時代の友人が亡くなった。車を運転中に心臓発作を起こし,前の車に追突したのだそうだ。昨夜はお通夜に行ってきた。
 同じ週の日曜日,自分は病院に運ばれ,大勢の人の助けで事なきを得たのに,週末の土曜日に友人は独り,車の中で亡くなった。何だかやるせない。

会場に着くと,すでに友人たちが大勢,受付を済ませてお焼香の順番を待っていた。そのうちの何人かは,2年ほど前,タイの津波で命を落とした友人の葬儀でも顔を合わせたメンバーだった。そのときにも,「今度はもっと楽しいことで集まりたいね」と言っていたのに……。

飾ってある写真があまりにもにこやかな笑顔なので,勝手に涙が迸った。ほかの友人たちも皆泣いていた。あまりにも早すぎる,誰もがそう思っていたはずだ。
 亡くなった友人にはお嬢さんがひとりおり,幼い頃はお父さん似だと思っていたのだが,10年ぶりに会ってみたら,友人にそっくりに成長していた。お父さんと並んで立ち,お焼香の人たちに深々と礼をしている姿が痛々しい。
 お嬢さんには,自分の母親が素晴らしい人だったことを,参列者の涙から汲み取って欲しいと思う。そして母親の死を悼んで泣き暮らすのではなく,彼女の娘に生まれたことを誇りにして,強く生きて欲しい。愛する娘の今後の成長,何より花嫁姿を見ることができなかった友人のために,彼女に代わってそう思う。

久しぶりにあった友人たちと近況を語り合いながら,再び「次こそは楽しいことで集まりたいね」と言う。亡くなった人が「生きているうちに友情を大切にしなさい」と教えてくれているのかもしれない。同じ台詞をまたもや悲しい場面で言わないようにしたいものだ。
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by slycat | 2007-03-08 13:09 | 日常のこと