ミステリ・テニス・ハムスター・モルモットについてあれこれと……
by slycat
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古龍が読みたい

武侠ドラマ『大旗英雄伝』の最終回を見た。えぇ〜っここまで引っ張っておいてそれはないでしょう、という終わり方。ああ可哀相な水霊光……。
 古龍は自分が創作した作中人物をほかの作品に登場させることがよくあるそうで、鉄中棠も楚留香シリーズ(小学館文庫)の中で「大侠」と呼ばれ名前だけ出てくる。大侠と言われるようになるくらいだから、ほかの作品で別の活躍が描かれているのかもしれないが、最終回を見たかぎりでは何だか騙されたような気持ちである。もっと別の結末を期待していたので、少しがっかりしてしまった。

それにしても、日本では古龍の作品を読むのが困難だ。以前は複数の出版社からいくつかシリーズが出ていたのだが、売れなかったのだろうか、今では絶版のようだ。古書店で買おうとすると、高いものは1冊9,000円近くする(ひどーい)。
 武侠小説のもう1人の巨匠、金庸のほうは、徳間書店が頑張ってくれているためいろいろ読める。これは本当に有難い。
 以前『天龍八部』を5巻まで読んだところで6巻を買おうとしたら版元品切と言われ、「徳間よお前もか」と目の前が真っ暗になったが、顧客サービス係に問い合わせたらすぐに回答がきて、いついつに出ますから、と教えてくれた。その後予定通りちゃんと増刷され、全8巻読み通すことができた。徳間書店様々である(注:この会社の回し者ではありません)。

先週、国立劇場の文楽12月公演を見に行ったのだが、演目の1作目『信州川中島合戦』輝虎配膳の段には『三国志(演義)』のエピソードが使われている、とパンフレットに書かれていた。
 中国の小説は、大昔から日本にとって馴染み深いものだったはずである。『三国志』『水滸伝』はシミュレーション・ゲームの世界でも根強い人気がある。今の日本ではウケない、という理由は見当たらないのだが……。

以前小学館から出ていた古龍の「陸小鳳伝奇」は、昨年早稲田出版というところからシリーズで3冊刊行された。が、その後ひっそりとしている。翻訳が大変なのか、やっぱり売れないのか。せっかくなのだから、続けてほかの作品も世に出して欲しいものである。出版社というものは、儲けを追求するばかりでなく、文化を守り担っていく役割があると思うから(無理かなぁ……)。

どうしても、どこからも出版されないというならば、中国語を勉強して原書を読むしかない。うーん、しかしこれは……一生かかっても無理そうだ。鉄中棠のその後が知りたいだけなのに。誰か翻訳してくれ〜!
 
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by slycat | 2007-12-22 02:10 | 小説

親のものは俺のもの

Macを立ち上げたら、Safariのブックマークバーにサイトが追加されていた。GoogleとかYouTubeとか、すでに自分でブックマークしているものばかりなのが笑えるが、犯人は高1の息子である。

我が家にあるのは私用のパソコンだ。夫は、自宅でメールやインターネットを使わず、必要性も感じていないようで、コンピュータを買おうとしない。息子が何かインターネットで見たいものがあれば、私のを使うほかない。

高1ともなると、そろそろパソコンを持たせてやってもよいような気がするが、どうせ勉強のためには使わないだろうし、持たせたら最後、何かの詐欺に引っかかりそうなので、大学に入るまでは(入れればの話だが)親のを使えばよいと思った。

しかし人がいない間に勝手にブックマークなんぞされると頭にくる。パーソナル・コンピュータというだけあって、自分が使いやすいように設定しているのに……。たかがブックマーク、されどブックマーク。自分の親の世代は、こんな経験はしていない。全く面倒な時代に生まれたものだと思う。

「使ってもいいけど勝手なことするな、馬鹿たれ」と叱りつけると、しれっとして「はいはい」と返事が返ってくるが、何日か経てばまた同じことを繰り返すに決まってる。どうしてこうケジメがないのかなぁ。自分が子供だった頃は、もう少し親を怖れていたような気がするのだが、全然怖がられていないのが悔しい。

で、もっと悔しいのは、勝手に使われないような設定を自分でできないこと。悲しきかな、アナログ世代、である。
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by slycat | 2007-12-11 01:41 | 日常のこと

武侠ドラマに痺れる

大旗英雄伝(2006年、中国) 監督:ユェン・インミン 出演:ドゥ・チュン、ツゥイ・リン、チュ・ジャヒョン、リー・ツァイホア、シュー・チンほか

毎週金曜日のお楽しみは、チャンネルNECOで放映中の『大旗英雄伝』だ。夜11時になると、テレビの前にどっしり腰を据えて、てこでも動かない。
 原作は台湾の武侠小説作家、古龍。金庸に比べると原作を読む機会も限られており、本作もドラマでしか見られないので(残念ながら吹き替え)、毎回ハラハラドキドキしながら話の行方を追っている。全41話で、もう38話まで来てしまった。もうすぐ終わりかと思うと切ない。

舞台は明朝末期。武林を制し江湖の平和を守ってきた一派「鉄血大旗門」だったが、ある日ほかの門派が「五福連盟」を結成し、大旗門に叛旗を翻す。一族の多くを殺され、住む地を追われた大旗門は、五福連盟への復讐を誓い、辺境に潜んで機を窺う……。
 物語は、この大旗門に生まれ育った2人の若者が、武林の平和を願って尽力する様を描いている。恋あり人情あり、派手なアクションあり。登場人物の数の多いこと。毎回波乱の連続で、見ているほうも体力がいるが、これが面白いの何の。日本と違ってロケ地には事欠かないし、お金もかかっているし、エキストラもふんだんに使えるからスケールが大きいのである。

しかし一番の魅力は、主人公の鉄中棠(てつ ちゅうとう)をはじめとする好漢たちの清々しさ。何よりも仁を重んじ、自分のことは後回しにして武林の平和のために尽くし、真心をもって人に接する。彼らを見ていると、大袈裟でなく心が洗われる。また、彼らを愛する女性たちの美しいこと。きれいなのはもちろん顔だけでなく、恋人を一途に思う姿にはいつもじ〜んとさせられてしまう。
 この素晴らしい登場人物たちが毎度毎度運命に翻弄されるのだから、途中で見るのをやめるなんて不可能だ。1週分終わった途端に、次が見たくてたまらなくなる。

物語はいよいよ佳境に入り、いがみ合っていた者たちが、大義のため、怨恨をしばし忘れて立ち上がる!というところまできた。あぁ格好いいなぁ。
 多少荒いところや矛盾点もあるにはあるのだが、そんなちまちましたことはどうでもいい。今さらながら、中国は懐が大きい、広い。いつも自分のことばっかり優先している小さな我が身を恥じる。

大陸の偉大な精神に触れられる憩いのひとときも、あとわずか3回分。残念だけど最後までじっくり楽しませてもらおう。
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by slycat | 2007-12-08 02:35 | ドラマ

古本屋で

先だっての休日、昼食を外で食べ、ついでに散歩しながら家に帰る途中、地元の古本屋に立ち寄った。私は初めて入ったが、夫はちょくちょく覗きに行っているという。
 中古ゲームソフトなども扱う大手と違い、昔ながらの古本屋は、それぞれ地域や店主の個性が出ているようで面白い。神田に並ぶ「古書店」は何となく敷居が高そうで、あんまり中まで入らないのだが(それに実際、本が高い)、小さな町にポツンとあるような店だと、営業そのものが店主の趣味みたいなので、気軽に入れる。

地元の古本屋、店の外には文庫本が並んでおり、店内も、入り口に近いほうの本はまぁ、普通というか、いかにも近所の人が「もう読まないから」と売っていったような小説などが並べてある。中には「校閲用」のハンコが表紙に押されているものがあったりして、著者が売ったのか、校正者か、と持ち込んだ人の顔が見たくなる。

面白そうな本が置いてあるのは奥のほうである。あんまり状態のよいものはないのだが、明治、大正時代の文芸書、戦時中らしい広告が入った何かの会誌、小難しそうな専門書などが割合無造作な感じで棚に詰まっている。
 演劇・芸能関係の本も奥である。古典芸能というとやはり歌舞伎関連が多いが文楽の本もちょっぴりあった。値段を見たら400〜500円。ちょっとくたびれてはいるが、まぁいいや安いから、と買ってみた。

1冊目は『文楽説き語り−言うて暮しているうちに』(創元社、1985年)。竹本住大夫さんが語り、和多田 勝という人が取材・構成を担当。住大夫さんが七代目を襲名した年なので、腰巻には「文字大夫改め」と書かれている。Amazonなどで簡単に入手でき、慌てて買わなければならないほど珍しい本というわけではないが、散歩の途中で出合ったのも何かの縁だと思う。
 住大夫さんには2003年に出版された『文楽のこころを語る』(文藝春秋)という本もあり、そちらも楽しんで読ませてもらったが、この本も面白い。幼い頃のちょっとしたエピソードや奥様との馴れ初めなどが生き生きと語られていて、偉大な大夫さんを身近に感じた。

戦後、文楽の世界にも労働組合のようなものができて、三和会(組合派)と因会(松竹=会社の側)に分かれてしまい、小屋がないので東京の三越で公演していた頃のお話などは、特に興味深かった。
 人形遣いが足りないので、太夫が端役の人形の左や足を持つ。元々人形を遣う修業はしていないのだから大変だが、不思議と名人の浄瑠璃だと自然に人形を動かすことができ、若手の浄瑠璃のときはギクシャクしてしまったそうである。「ええ浄瑠璃語らんと人形に悪いなあ……つくづくそう思いました」。
 さらっと語っていらっしゃるが、このような体験も芸に引きつけて学んでしまうあたり、さすがに住大夫さんと感心しきり。また、太夫さんの語りと人形の動きの関係というものについても考えさせられ、収穫だった。
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2冊目は、『文楽−芸と人』(安藤鶴夫 著、朝日新聞社、1980年)。私は安藤鶴夫という人のことを全然知らないのだが、八代目竹本都大夫の息子で、自身も義太夫の修業経験があるそうだ。収録されている「文楽 日本の伝統」で文楽の歴史を知ることができ、「古靱芸談」「桐竹紋十郎」は、ちょうど住大夫さんのお話ともだぶる時代のことが書かれていて、これまた面白く読ませてもらった。
 とにかく私は文楽のことを何も知らないので、出てくるエピソードはみんな面白い。人形遣いの初代桐竹紋十郎がまだ人形の足を担当していた頃、忠臣蔵「山科閑居の段」に出てくる下女、りんの役を振ってもらい、何とか客席を沸かせようと、太夫さんの協力を得て自分で動きを考えたところこれが大当たり、その後は歌舞伎でも「りん」の役は相当な役者の出るご馳走役になった……こういうのを読むとわくわくする。

また、ちょうど住大夫さんが三和会で東京公演をこなしていた頃、三和会の会長を務めていた二代目紋十郎さんについて書かれた箇所にもぐっときた。
 著者の安藤氏は、紋十郎さんの芸が大嫌いで随分厳しく批判してきたらしいのだが、芸が変わったと感じてからは熱烈に好きになったという(安藤氏というのは、どうもそういう好き嫌いの激しい人だったらしく、嫌いな芸人についてはクソミソに批判したようだ)。この2人がラジオ番組で対談をしたとき、なぜ芸が変わったのかとの問いに対して、紋十郎さんは「センセデンガナ、センセがいつもいつもわたしを、ぼろくそに書きゃはったためですがな」と言ったそうだ。その安藤氏があるとき、初めて彼を褒める記事を書いたので、紋十郎さんはそれまでの自分の芸を反省したのだ、と言ったのだという。
 しかし著者は、自分の記事が彼の芸を変えたのではなく、三和会での苦しい体験の末に芸が変わったのだと後に気づいた、と書き、三和会のことを詳細に記すことで紋十郎さんの苦労を読者に伝えている。批評される側から見れば相当イヤな奴だったろうが、一方で素直な人物だったんだな、と思う。
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この店の奥には越路大夫が語る『菅原伝授手習鑑』「寺子屋の段」のカセットテープなども置かれていて、近所にどなたか、文楽好きの人が住んでいたのだろうか、どうして手放したんだろうか、などと考えた。何しろ私はなかなかモノを捨てられない、手放せない人間なので、ちょっと気になる。
 新刊本にはない「手垢」の向こうにどんな人がいたのか、いろいろ想像するのも古本屋を覗く面白さなのだろう。次の休みにも、また行ってみようかな。
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by slycat | 2007-12-05 03:30 | 文楽

文楽と落語の旅 その3

11月25日。大阪最後の日は、息子がもう一度落語を聴きに行きたいというので、言い出しっぺに当日券を買いに行かせた。前売り券はすべて売り切れており、旅行前に繁昌亭に電話で問い合わせたら、11時から補助席および立ち見券を売り出すという回答だった。チェックアウト後にフロント前で待ち合わせて出かけるつもりだったが、母親が支度にぐずぐずしている間に、チケットを買った息子が帰って来たので、結局一緒に部屋を出た。

再び南森町へ。駅を出るとすぐに商店街があり、その入り口近くにあった喫茶店で昼食をとった。12:50から整理番号の順に入場ということだったので慌ててかき込んだが、なかなか美味しかった。店を出ようとして「まだデザートがあります」と言われ、出てきたのが冷たいソフトクリームで、美味しかったがもうちょっと量が少なくてもいいのに……と思った。食い倒れの街では何でもたっぷり出てくる。

ちゃんと開場に間に合って、立ち見を免れ1階最後部の補助席(パイプ椅子)に座ることができた。休憩があるとはいえ3時間立ち続けるのはとても無理。チケットを買いに行ってくれた息子には感謝しないといけない。

林家卯三郎さんから始まり、林家竹丸さん、桂きん太郎さん、と落語が続く。ここでダグリィー・マロンさんのマジックが入る。プロのマジックを見たのは初めてかも。結構面白いものだ。言葉を聴くことに集中していたので、単純に見て楽しむのはいい息抜きになる。だからどこの寄席でもマジックや大道芸を入れるんだね。
 その後、桂 団朝さん、桂きん枝さんが登場したが、きん枝さん、「今日は落語はしません」とキッパリおっしゃって、本当に落語はせず、阪神タイガースにまつわる漫談などなさって堂々と去って行った。ある意味凄い。
 聴いてから1週間経つと、何の演目だったのかかなり忘れている。あんなに笑わせてもらったのにヒドイ客もあったもんだ。『つる』、『平林』、後は何だっけ……。きん太郎さんのだけ古典ではなかった。『くもんもん式学習塾』みたいだったけれど、内容が違うようだった。

中入り後は林家小染さんの『相撲場風景』で始まる。桂 福楽さんの『寄合酒』の後は“マジカル落語”の桂 朝太郎さんで、トリは笑福亭仁福さんの『手水廻し』で締めくくられた。息子は最後の『手水廻し』が一番好きだという。『愛宕山』が聴きたかったなどと言っていたが、冬にはかからないだろう。落語初心者なので詳しくは知らないが、恐らく季節に合わせて噺を選んでいることと思う。
 同じテーマの落語でも、東と西では内容や語り方が違うことが多い。夏に繁昌亭に行ったときやっていた『骨つり』は東では『野ざらし』とタイトルも変わっている。前々日に吉弥さんが話した『親子酒』は、落ちは東西同じだけれど、間が全然違う。東の噺家さんは羽織を脱がないみたいだけれど、西では脱ぐ。そういう違いがまた楽しい。

ふだんの生活の1ヵ月分くらい笑ったんじゃないだろうか。パイプ椅子に座りっ放しの3時間は肩や腰に堪えたが、身体にはかえってよかったような気がする。「あ〜面白かった、また来たいね」と言いながら繁昌亭を後にする。18:53の新幹線で東京に帰らなければならないので、早めの夕食をとるため、難波に向かう。

お目当ての店が17時まで開かないので、少し先の「551蓬莱」の行列に加わり、ハムスター、ウサギ、モルモットの世話のため留守番している家人に豚まんとシュウマイのお土産を買う(こういうものが好きな人なのだ)。
 レストランの前に戻ると、開店を待っている人たちがおり、まだ規定の時間より5分ほど前だったのだが店の人が出て来て、客を中に入れてくれた。

池波正太郎が通ったという「重亭」。ここで息子はオムライス、私はハンバーグを頼む。東京にいるときはあまり洋食は食べないのだが、何となくその気になった。
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見た目よりあっさりした味。あんまりドミグラス(デミグラス)ソースは好きではないのだが、ここのはトマトベースで透き通った感じのソース、食べやすかった。神田のS亭より好みかも。息子が物足りなさそうな顔をしていたので半分お裾分けした。
 お店のご主人(マダム)がとても丁寧で、お勘定のときも一人ひとりに「お待たせいたしました」と声をかけていたのがよい印象。味がよくてもサービスが悪い店が多くて、いやな気分にさせられることが多い昨今、さすがに老舗だなぁと感心した。

ホテルに預けていた荷物を取りに戻ってから新大阪へ。地下鉄の中で時計を見て青くなる。少々のんびりし過ぎていたようで、新幹線の時間にギリギリ、いやひょっとしたら間に合わないかもしれない。どうしよう。最悪、次の列車で自由席の空きを探すか……。
 新大阪に着いたのが18:48、こりゃ駄目だ!と思いつつも新幹線乗り場へ急ぐ。すると……「18時53分発のぞみ42号は、5分遅れて到着します」とのアナウンスが聞こえた。うわー天は我々を見捨てなかった〜! 何が原因で遅れたのかは知らないが、余裕で予定の新幹線に乗ることができた。自由席は満員だったようでデッキにまで人が溢れており、もしこの列車をミスっていたら同じ目にあっていただろう、と思うと神に感謝した。う〜ん、旅行はしっかりスケジュールを立てないといけない。

家に帰ると、ウサギのウーさんが息子を恋しがってスネていた。早速なだめてやりおやつをやる。モルモットたちは泣き、ハムスターたちはケージをよじ上ってはアピールしている。あぁ我が家に帰って来たんだな、と実感する。留守番でお疲れの人には豚まんをご馳走、早速土産話が始まった。

今回もバタバタと忙しい旅行となった。次こそはもっと優雅に、ゆっくりとしたいものだが……。
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by slycat | 2007-12-03 01:09 | 旅行

文楽と落語の旅 その2

もたもたしているうちに旅行から1週間が経過しているが、物忘れのひどい年代なので、とにかく書いておこう。

11月24日。せっかくの“ヴァカンス”なので、とにかくゆっくりしたかった。今回の宿泊は朝食付きのプランではなかったので、朝起きたら近くの喫茶店にでも行こうかな、などと思っていたが、結局昼頃までホテルでゴロゴロ。部屋を掃除しに来た人に迷惑をかけてしまった(後で出直してもらった)。

昼過ぎ、道頓堀へ向かう。「道頓堀極楽商店街」に行ってみた。横浜の「ラーメン博物館」や東京の「ナンジャタウン」と同様、ビルの中に昭和のレトロなセットが作られ、中に飲食店が入っている。ここの串カツ屋で昼食をとるため、行列に並んだ。随分待たされたので、息子に近くのたこやき屋でたこやきを買って来させ、並んだまま立ち食いした。中身がトロッとしていて美味しかったが、物凄く熱い。小龍包もヤバいが、本場のたこやきは相当危険な食べ物だ。
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並んでいる最中、突然騒がしくなり「戎神社」のところにえびすさん(多分)が出てきて「商売繁盛、笹持って来〜い」と歌いながら広場を回り出した。ほかにも「夫婦善哉」などのアトラクションがあるらしい。
 串カツは、正直言って前回新世界で食べたもののほうが美味しいと思うが、こういう場所なので、家族連れや女性には入りやすいだろう(おかしな話だが、例えば浅草にこういう店があったとしたら、怖くて入れないはずだ。観光で来ていると大胆になるものだ)。
 種類はこちらのほうが豊富で、リンゴを揚げたもの(期間限定)などがあり、息子は4本も食べた(私はビール片手なので甘いものは遠慮した)。
 この「極楽商店街」では入り口で「入館証」を渡され、中の飲食店で飲み食いした代金はそれぞれの店でレシートだけ渡してくれ、退館のときに精算することになっている。串カツ屋の店員さん、レジで会計の際に息子が飲んだ烏龍茶1杯を25杯と打ってしまい、とんでもない金額になったのを慌てて打ち直してくれたが、なぜそうなったのかサッパリわからなかった。気づいてくれてよかった。

館内は華やかだが、外の喫煙所はこんな感じ。昔はよく道端にあったゴミ箱が再現されているのも面白い。
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調子に乗って食べ過ぎたため、文楽劇場のある日本橋までトロトロと歩く。大した距離ではないので消化の助けにはならなかった。
 本日の演目は『源平布引滝』と『曾根崎心中』。16歳とはいえ子連れだと1日ぶっ通しはしんどいので(第1部にすれば『艶容女舞衣』が聴けたのになぁ)、住大夫さんが語る『曾根崎心中』を優先した。
 会場では斜め前方の席に東京の知人が座っていたのでびっくり。歌舞伎はお好きだと聞いていたが、文楽もお好きだったんだ。なお、後で知ったがいつも一緒に東京公演に行く友人は、前日の第1部に出かけたらしい。わざわざ大阪まで来るなんて、道楽者で恥ずかしいなぁと思っていたが、なーんだ、みんなやってることなのね。少し安心した。

源平布引滝
〜音羽山の段〜
平重盛の命を受けて鳥羽離宮に行こうとしていた琵琶法師、松波検校。途中案内に雇った男が実は盗賊で、鳥羽ではなく音羽山の奥まで連れて来られ、挙げ句の果てに身ぐるみはがれて斬られてしまう。そこに打倒平家を目論む多田蔵人行綱が通りかかり、賊を殺して松波検校を介抱するものの傷は深い。検校も源氏にゆかりの者、行綱が検校の姿となって離宮に入り、主君の仇を討つという言葉に喜んで死んでいく。

盗賊がいかにも悪そうな顔で、あぁ目が見えていれば騙されることもなかったのに、と検校が哀れ。検校と行綱の首はともに「検非違使」で、顔がそれなりに似ている、ということなのだそうだ(息子が聞いていたイヤフォンガイドの解説から受け売り)。

〜松波琵琶の段〜
検校の格好をしてまんまと行綱が鳥羽離宮に入り込むと、そこには先に様子を探るため奉公していた娘、小桜が。同様に離宮にいた妻は、平清盛を討とうとして失敗、すでに世を去っていたということが判明する。「もうこれからはなお大切な父上、もしおかか様のやうに見つけられ悲しいお別れをせうかと、そればつかりが案じられます」と嘆く愛らしい我が子に心打たれるが、気持ちを励まして任務遂行に向かう。
 一方、庭では3人の仕丁(下僕)たちが落ち葉を掃いている。寒いので落ち葉を集めて焚火を焚き、温々と暖まっていたところ、宮の局に叱られ大慌て。しかしその後別の局がやって来て、法皇が「詩心がある」とお褒めになったとお酒を持って来てくれたので、喜んで酒盛りとなる。
 小桜が登場して3人に法皇がくださった歌を持って来ると、急に仕丁の1人、平次が小桜を捕まえ、お前の父親は多田蔵人行綱だろう、とネチネチ絡み出す。ほかの2人はそれぞれ笑い上戸、泣き上戸のようで笑いを誘うのだが、平次の絡みは酔っぱらいのそれを超えて徐々に険悪になり、ただならぬ雰囲気になっていく。
 実はこの仕丁、難波六郎という平家の武士だったらしい。源氏が密偵を送り込めば、当然ながら平家も手を打っているということなのだろう。執拗に父の名を言え、と小桜を縛り上げ、叩く。緊迫する場面に、だんだん居心地が悪くなってくる。直前の場面がおふざけだったので、余計にキツいのである。
 奥のほうから現れた行綱、娘のピンチに正体を明かすこともできず、轟く胸の痛みに耐え兼ねている。ここで極悪非道の難波六郎が、一度琵琶を聞いてみたかった、弾いてみろ、と抜かす。琵琶というものは弾き手の心が現れるものだということで、こんな状況で弾いたら何もかもおしまい……しかし、ぐっと堪えて行綱は琵琶を弾き始める。このときの演奏の見事なこと。後で聞いたら、人生経験の少ない16歳の息子でさえ心を揺さぶられたそうだ。
 しかし行綱の頑張りもここまで。拷問に耐え、決して口を割らない娘の健気な姿にいてもたってもいられなくなり、娘に駆け寄る行綱。正体がばれてしまい、その場を逃げ出す。そりゃーそうだよね、ここで見殺しにするようでは人の道に外れてしまう。

〜紅葉山の段〜
逃げる行綱を追う平氏側の武士たち。そこへ平重盛が登場、決着は戦場でつけよう、ということで、その場は逃がしてくれるようだ。話の全貌はよくわからないものの、この重盛もひとかたならぬ人物、なのだろう。

ここで休憩。息子の希望で1階へ下り、お茶処でおうすをいただく。喉がカラカラになったそうだ。『曾根崎心中』に備えて私はコーヒーを追加、一服してから席に戻った。

曾根崎心中
〜生玉社前の段〜
あまりにも有名なお初、徳兵衛の心中、なぜ2人が心中しなければならなかったのか、その原因が語られる段。平野屋の手代、徳兵衛は、主人の姪との間に縁談が持ち上がっており、持参金として義母が2貫目の金を受け取っていた。彼には天満屋の遊女、お初という恋人があったため、義母から金を取り戻し、主人に返すつもりだったのだが、友人の九平次にその金を貸してしまっていた。徳兵衛が生玉社の前でお初に事情を話していたところへ、九平次が登場。借金の返済を迫ると、借りた覚えはないと言われ、かえって証文を偽造したと言いがかりをつけられ、公衆の面前で恥をかかされた上にボコボコにされる。

〜天満屋の段〜
今回、ここが観たくて大阪まで来たのだった。お初が務める天満屋に、徳兵衛が訪ねてくる。昼間の騒ぎはすでに評判となっており、お初は着物の裾に徳兵衛を隠してこっそり店の中に連れて行き、縁の下に導く。そこへまたまた九平次がやって来て、さんざん徳兵衛の悪口を言う。
 ここでお初がきっぱりと、徳兵衛は人を騙すような男ではない、と語りながら、足下の徳兵衛にもはや自害しか身の潔白を証明する術はない、と伝えるところが見せ場。徳兵衛もお初の気持ちに応え、彼女の足首を自分の喉にあてて、死の覚悟を示す。
 文楽ではふつう女性の人形に足はないのだが、お初ちゃんは特別(ちなみにさっきの小桜ちゃんには足があったが、あれも特別なのだろう。木に吊るされるので……)。この演出を考えたのが吉田玉男さんだそうで、どういう風に演じられるのか、観てみたかった。本物の人間の足だったら気恥ずかしいかもしれないが、人形の足はあくまで白く、硬く、清潔感があり、しみじみと悲壮な決意が伝わってくる。
 この後、店が閉まってみんなが寝静まった頃、お初が2階から下りてきて(というか、落ちて)徳兵衛と2人、外に出て行くところでもう一度サスペンスがある。

〜天神森の段〜
天満屋を去った2人が辿り着いたのが天神森。「あの世に行ったら自分の両親に会えるだろう」という徳兵衛に、「自分の親はまだ健在なので、自分の心中沙汰を噂に聞くことになるだろう」というお初がいじらしい。舞台の書き割りにあったお星様が何だか邪魔だったが、美しく悲しい場面で、最後に2人が死ぬところは、自分でもその瞬間まで気づかなかったほど突然に感情が動いて、どっと涙が溢れた。

住大夫さんは『文楽のこころを語る』や『言うて暮しているうちに』の中で、近松は字余りだ、語りにくい、あんまり好きじゃない、とたびたびおっしゃっているが、それでもなお、お初の健気さ、愛情の深さ、そして強さがじわじわと伝わってきて満足した。少しお声に元気がないように思ったのは気のせいだろうか。
(実はこの日、ホテルに帰って夕刊を開いたら文楽界の不祥事が報道されており技芸員さんたちには大変な衝撃だったことと思われる。そのまっただ中で語り、人形を遣い、三味線を弾いてくださった皆さんに、お礼を申し上げたい)

不祥事のことなど何も知らず、再び道頓堀のほうへ歩き、一度行ってみたかったお店「たこ梅」に入った。実は夏にも行ってみたのだが、残念ながら改装中だったのである。昼間に食べ過ぎていたのでそんなに空腹ではなかったのに、カウンターに座るとあれもこれも試してみたくなってしまい、財布にも胃袋にも痛手だった。生まれて初めて「さえずり」を食べました。美味。
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ホテルに戻り、テレビで相撲の結果を確認したら、魁皇が苦しい中、必死の相撲で勝ち越し、カド番を脱していた。バンザ〜イ。翌日は東京に帰らなければならないので、これ以上の夜更かしは避けて眠りにつく。
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by slycat | 2007-12-01 06:24 | 旅行