ミステリ・テニス・ハムスター・モルモットについてあれこれと……
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<   2011年 03月 ( 3 )   > この月の画像一覧

パンを焼く

地震の翌日から、近所の食料品店、スーパーなどで買い占めが始まった。我が家ではちょうど米が切れてしまったのだが、買おうと思って出かけたら店から消えていた。仕方なく適当にネットで米を注文したのだが、届いた米は精米から4ヵ月が経過しており、保管の状態も悪かったらしく、とても食べられる代物ではなかった。寒天を入れたり蜂蜜を入れたりして炊いてみたが、炊く途中の臭いもひどい。慌てて信頼のおけないところで買ったのは馬鹿だった、と反省してみたものの、何とかしなければならない。

米は別に探して、お米農家が直接売ってくれるところから買うことにしたが、それが届くまでの間、12年ぶりに自分でパンを焼くことにした。以前は主にフォカッチャなどイタリアのパンを焼いていたが、そのうち飽きてしまい全然作っていなかった。今はインターネットで懇切丁寧に作り方を解説してくださる方がたくさんいらっしゃるので大いに助かる。

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これは某サイトで紹介されていたコッペパンの材料を丸めて、ふだんラザニアや肉・野菜の重ね焼きなどに使っている深めのバットに入れて焼いたもの。強力粉200グラムに対して薄力粉50グラム、砂糖、塩、ドライイースト、牛乳を使う。サイトではこの材料にマーガリンを加えるが、バターにしてみた。
「作品」としては3作目。最初はレシピどおりコッペパンを作ったが二次発酵が十分でなく、冷めると硬くなってしまった(温めると食べられた)。次には別のレシピで白パンを作り、これはまあまあの出来だった。

我が家にはもちろんパン焼き機などはないがオーブンがあるので発酵させるのは楽であるが、パン種を捏ねるのは大変だ。ふだん全然運動をしていないので翌日両腕に筋肉痛を感じた。しかし、始めると楽しくなり結構喜んで作った。それに形は悪いが、それなりのものができることにも満足を感じた。自己満足ではあるけれど……。

パンを作るコツは、しっかり二次発酵させ、十分膨らませてから焼くことと、焼く前に霧吹きで湿り気を与えることだと思う。1キログラム入りの強力粉を買えば4〜5回はパンを焼けるのでそれなりに経済的でもあり、今回をきっかけに料理も少し見直して、なるべく自分で何とかするようにしようと思う。
 
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by slycat | 2011-03-24 18:19 | 日常のこと

自宅勤務命令

月曜日から、希望者は自宅勤務OKになっていたのだが、今日から全社自宅勤務のお達しが出た。無理矢理出社させて何かあったら却って補償が面倒だという判断ではないかと思う。私が住んでいる地域は私鉄が動いており地下鉄も利用でき、計画停電の予定もないので、出社しても構わないのであるが、来るなと言われているのに行くのもどうかと思われ、今日は朝から家でメールチェック。海外からお見舞いメールが次々と入ってきているのが非常に心強く有り難い……そのたびに苦手な英語で返信するのは少々辛いけど。

海外の人たちは意外なほど日本の惨状についてよく知っているようだ。静岡に友人がいるというフィラデルフィアの同僚(米国人)は「あなたのところは計画停電大丈夫?」などと訊いてくる。静岡の人は19時から22時まで停電だったというのに震度4の地震にまで見舞われ、非常に怖かったと言っていたそうだ。震度4ならばそれほど心配いらないけれど、真っ暗で怖かったでしょうねと返信した。バルセロナにいる日本人の同僚は「お悔やみ申し上げます」というメールを送ってきた。う〜ん、長いこと海外にいて日本語忘れちゃったのかな、などと思うが、気持ちはとても有り難い。

被爆を恐れて関西、九州方面に旅立つ人も多いようだ。昨日、一昨日出社した際には、旅行用鞄を下げた人、キャリーケースをガラガラと引きずって歩く人を多く見かけた。会社に行くと、子供だけでも実家に行かせたほうがよいのではと話す人がいた。我が家の場合、西には親戚がいないのでどこへも逃げられない。原発にもしものことがあれば、覚悟するしかない。
 家にいるなら、やはり少しは備蓄しておいたほうがいいかな、とも思ったのだが、なんせスーパーの棚は空っぽだ。たまたま米が切れそうなので買いに行ったが餅米しかなかった。仕方なくネットで注文したらあっさり買えたのでよかったものの。みんな静かではあるがパニックに陥っている。

しかし家にいても仕事どころじゃない。規模が小さいとはいえしょっちゅう地震で揺れるし、テレビではひたすら放射能の恐ろしさについて語っているし、心の休まるときがない。自宅勤務も楽ではない。……因みに夫の会社では、災害時であるため「定時」で帰ってもよい、という「許可」が出ているそうだ。会社によって対応もまちまちである。
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by slycat | 2011-03-16 14:14 | 日常のこと

帰宅困難者と呼ばれて……

この土日はテレビをつけっ放し。ずっとニュースを見ている。たまにCNNのワールドリポートにチャンネルを替えては、世界のメディアが日本の災害をどのように見ているかもチェック。被災した方々が早く安心できることを、そして安否不明の方々が早く発見され家族と再会できることを願ってやまない。

3月11日金曜日。水曜日に会社で使っているPCが壊れてしまい、渡された代替機がこれまた使い物にならず2日間もまともに仕事ができなかったため、IT担当者と険悪な会話を交わした後、13時を少し回った頃昼食をとるため外へ出た。14時過ぎに職場に戻り、歯を磨いてから机の前に座った。同僚が会社のキャビネットに残っていた古いPCを引っ張り出してきてくれたので、とりあえずwebメールでメールチェックしようとしていた、そんなときに地震は起こった。

左隣に座っている上司が「大丈夫、大丈夫」とチームの皆を落ち着かせようとする(因みに彼の実家は新潟の大地震で半壊したそうだ)が、揺れが激しくなるにつれ、自宅に1人でいるはずの子供を思って大声を上げる人が出るなどフロアは小パニックに陥った(こういう一大事にどんな行動をとるかで他人への評価が変わってくることと思うが、上司は偉かった。「揺れが治まったら回線が混雑してかからなくなるから、揺れている間に自宅に電話したほうがいい」と勧め、自分で彼女の自宅に電話して受話器を渡してあげた)。
 オフィスがビルの9Fなので余計に揺れたのかもしれないが、今回の地震は本当に怖かった。椅子に座っていてもじっとしていることができず、机の上にしっかり手を置いて自分の身体を固定しなければならなかった。周囲のキャビネットはすべて扉付きだったので物が飛んでくることはなかったが、自分の机に重ねてあった書類や書籍はがたがたと崩れ落ちた。
 やっと揺れが治まったかと思ったら、今度はビルの館内放送が「火事です」。一瞬皆凍り付く。しばらくの後、スプリンクラーの誤作動で火災ではなかったことが判明したが、とにかくビルの外に出ることになった。9Fから下へ階段で下りる際、ほかの階をちらっと見ると、天井板が落ちている。やっぱり古いビルは怖いな、下の階であればあるほどヤバいな、と思いながら下りて行く。

その後総務・人事部の指示で皇居近くの和気清真呂像前まで歩く。1時間ほど寒空の下でうろうろしていたが、上層部の決定があり社員は順次帰宅してよいことになった。いったん会社に戻り(9Fまでの階段がキツかった!)、同じ方向に帰る社員たちと一緒に再び下へ。ふだんなら1Fのタクシー乗り場にタクシーが2、3台待っているのだが、災害時には1台もいない。
 日比谷まで歩いてタクシーを探すという千葉方面のグループと別れ、3人で九段方面に歩く。途中、天井が落ちてきて死者の出た九段会館を横目に見ながら武道館を通り過ぎ、四谷見附まで小1時間ほど歩いたところで、一緒にいた同僚が突然走り出した。市ヶ谷の会社に戻ろうとしていた人たちが渋滞に音を上げてタクシーを降りたのをめざとく見つけたのだった。馴れない長時間の徒歩に膝がガクガクいっており、寒さも厳しくなってきた折りのことだったので、タクシーに乗れたのはまさに奇跡だった。

しかし、渋滞は予想以上に凄かった。四谷から東新宿方面に出て早稲田、落合を目指したが、小滝橋通りに行き着くまでに5時間かかった。途中トイレを借りるため代わる代わる沿道のコンビニに走ったが、用を済ませて戻っても置き去りにされることはなかった。
 タクシーの運転手さんは知的な雰囲気の人で、安心して乗っていられた。いろいろ話をしながら走ったが、お嬢さんと連絡が通じないのを気にしていた。私の携帯はauで、通話こそできなかったがPCのメールアドレスとは連絡が取れたので助手席でちょくちょくメールチェック(自動受信ができず“新着メール確認”で受信していた)をしていたが、彼の携帯はDoCoMoで、ずっと「圏外」になっていると言う。ソフトバンクの携帯メールにはとうとう送信できなかった。因みに、タクシーの中から、公衆電話の前に列ができているのをよく見かけたが、固定電話もIP電話のほうが通じやすかったということだ。

6時間半かけてようやく自宅に辿り着いた。小平、吉祥寺に向かう同僚に別れを告げ、マンションの階段を上って家に入る。1人で家にいた息子がある程度片付けてくれていたので、思ったほど家の中はぐちゃぐちゃになっていなかった。モルモットのカゴも無事だった。
 同じ千代田区に勤めている夫は徒歩で帰ったのだが、タクシーに乗れた私よりも先に家に着いていたのは笑えた。3時間くらいで帰宅できたそうだ。よくよく考えれば勤務先が近いのだから一緒に歩いて帰ればよかったのだが、全く念頭に浮かばなかった。20年以上結婚しているのに、災害時の家庭内ガイドラインというものがなかったのである。

東京に住んでいると、いつか関東大地震が来るのではないか、そうなったらどうしようか、と心の底で常に思っている。思っているのだが、実際に来たらどうするかについてはあまり深く考えない、いや考えたくない。しかし今回の地震で、そんな甘いことじゃいかん、と思い知らされた。
 いろいろ知らないこともあった。息子が「ガスが止まっている」と言うので、ずっとそうなのだと思い込んでいたら、何のことはない、安全装置が働いて止まっていただけで、解除したらあっさりガスを使うことができた。東京ガスに電話しようとしてつながらず、HPを見てみたらちゃんと地震の際に安全装置が働くことが書かれており、解除方法も掲載されていた。

しかし、自分が「帰宅困難者」「帰宅難民」になるとは……。夢にも思っていなかった。幸い無事帰宅できたが、帰れずにさいたまスーパーアリーナやパシフィコ横浜などで夜を明かした人たちは、さぞ寒く、大変だったことと思う。

災害はいつ起こるかわからない。その時のために、もう一度家族内のルールを決めておかなければ……。もちろん、こんなことはもう二度と起こって欲しくないのだが。
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by slycat | 2011-03-13 17:17 | 日常のこと